Grace sorprendente  四章 5 




「リーシェ様、もうすぐ準備が整います」
「ありがとうございますアイナさん。本当に、アイナさんの情報は正確で助かりますね」
話し合いが終わった後、再びアイナがリーシェの元に来ていた。
リーシェはリーシェで何やら手提げ袋に食糧や魔石を詰め込んでいる。
「いえ、本当に正確であるという保証はありませんので、その言葉は終わってからに……」
一礼し謙虚に答えるアイナ。
だが、リーシェがこれまでアイナからもたらされた情報の中で間違いというものは無かった。
だからこそ、こうして信頼しているのだ。
「そうですか。それでは、終わってから改めて」
「はい」
手提げ袋に必要なものを入れ終わったリーシェは、それを持って外に待っている馬に掛ける。
アイナも後ろに付いて行きリーシェが馬に乗るのを確認してから、ふと思いついたようにリーシェに尋ねた。
「そういえば、チトセ様はどういたしますか?」
「チトセさん?」
首をかしげるリーシェ。だが、すぐにアイナの言わんとしている事に気づくと苦笑交じりに答える。
「そうですね。出来れば内密にしたいところですが、その判断はアイナさんにお任せします」
「わかりました。ですが、千歳様にも心の準備が必要かと思われますので、事前に告知はさせていただきます」
「まぁ、事が終わって帰ってきた時の姿を見たら卒倒してしまうかもしれませんからね。何が原因かは詳しくは知りませんが、怖い思いをしたようですし……」
その言葉に多少アイナが驚く。
「リーシェ様も詳しい事情は知らないのですか?」
「ええ、襲われていた所を偶然助けただけで詳しい事は。ですが、理由はそれで十分でしょう」
そんな相も変わらずなリーシェに、表情を和らげてアイナは微笑む。
「はい」
そこには、長年一緒にいたからこその相互理解があった。
「では、皆さんに招集を。そろそろ時間になりますから」
だからこそ、多くの言葉は必要ない。アイナは深く一礼をして、皆を集めるべくリーシェの元を離れた。


◆◆◆◆


あれから千歳は、黙々と魔法の練習をしていた。
といっても、頭の中には何倍にも誇張されたアスランの嘲笑した顔が思い起こされていてちっとも身が入っていない。
ついには先ほど言われた言葉まで思い返す始末。
「あーっ!もうっ!」
ついには練習を止めて休憩する事になってしまった。
「……甘えなんかじゃない」
膝を抱えて自分に言い聞かすように呟く。
アスランは、自分に起きた事を知らないからあんな事を言ったんだと毒づく。
暗殺者に襲われた事。騎士に追いかけられた事。何より、親友と言ってくれたシア達の事。
そのどれもが、人を傷つけるものに繋がっている。
綺麗事だとわかっていても、それでもそういう行為を自らしようなどという考えは起こらなかった。
だから、今はこうして自分の身を守る魔法を練習するしかない。
気合を入れる為に勢いよく立ち上がり、頬を両手で軽く叩く。
さぁ、もう一度だ。そう思ったとき。
「チトセ様、少しよろしいでしょうか?」
そこに、アイナが一礼してやってきた。
「アイナさん?なんですか?」
何か用だろうか。そう思いつつ千歳はアイナに尋ねる。
アイナは、魔法の練習を途中で止めてしまった事を申し訳なさそうに苦笑した。
「実は、皆様が帰ってくる時に必要な物を準備しておきたいのです」
「必要な物、ですか?」
「はい。それに量が量なので一人だと大変で……」
困りましたと言うように溜息をつくアイナ。
そんなアイナに、勿論ここに置いてもらっている千歳は手伝う気満々だ。
「わかりました。私でよければお手伝いしますよ。それで、どんな物を用意すればいいんですか?」
「そうですね……まずは清潔な布です。もしかしたら一番使うかもしれません」
千歳は頷いて続きを促す。
「他には、木の板も必要ですね。出来れば腕や足の長さくらいのものを……。あぁ、あと小さい包丁かナイフも要りますね。それと、消毒液と包帯も……」
「…………」
あれ?と千歳は首をかしげる。なんだか、雲行きが怪しい。
そんな千歳にアイナは気づかずに必要な物を告げている。
(何か……この必要な物って……)
嫌な予感がする。
「あの……アイナさん。そう言えば、皆さんが帰ってくるって言ってましたけど……どこかに行っているんですか?」
「あ、そうでしたね。まだどこに行っているのかを伝えていませんでした」
話の腰を折られても特に気にせず、寧ろそれを伝えてなかった事が申し訳ないとでも言うような表情で、とんでもない事を言った。
「ちょっと、そこまで盗賊退治に」
「…………は?」
気軽に言われてすぐに反応できず、固まってしまう千歳。
だが、すぐに我に返る。我に返っても動揺は収まっていないが…。
「え…ちょ……と、盗賊って…あの、盗賊ですよね?」
「あの盗賊、というのがどの盗賊かは分かりませんが、盗みを働く為に襲ってきたりする者たちですね」
分かりきったボケをするアイナに、だが千歳はただ驚愕して再度固まっていた。
まさか、ここでいきなり盗賊が出てくるとは思わなかったのだ。
しかも普段通りにしているアイナを見れば、それが初めての事ではないというのがよくわかる。
「近くの村、といっても集落のようなところなのですが、そこに盗賊が襲いに来るとの情報があったのでリーシェ様達はそれを阻止するべく出立しました」
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ!それじゃあ、この必要な物って!?」
「はい。さすがに怪我無く帰られることは難しく、負傷している方も少なくありません。ですからその方たちを看る為にこれらが必要になってくるのです」
頭がフラフラしてくる千歳。そんな千歳を見かねてアイナが支えようと手を差し出すが、それに首を振ってアイナを見る。
アイナは申し訳なさそうにして、説明した。
「チトセ様、私たちは数年前から今まで様々な事をしてきました。情報を集め、他の村の方と交流し、盗賊や悪事を働く者たちを排してきました」
「…………」
「勿論、そうしている中で亡くなる方、離れて行く方もいました。ですが、私達にはどうしてもやらなければならない事があり、その為にこうして力をつけているのです」
まるで、それが使命であるかのように語るアイナに、千歳は気になった事を聞く。
「それは……この国を守る為、とかですか?」
近くにある村や集落を盗賊や悪事から守る為に働いている、というのだから相当な実力を持っているのだろう。
そうでなければ、長い間続けていられるわけがない。
だが、そんな千歳の言葉にアイナは、
「違います。違うんですチトセ様」
キッパリとした否定の言葉だった。
「え?」
まさかここで否定されるとは思っていなかった千歳は、訳がわからないと呆然と見つめる。
「私達は、この国を守る為にいるのではありません。そんな筈は無いのです」
「一体、どういう……」
困惑する千歳。だが、アイナは言葉を続ける。
「守る?そんな事はしません。寧ろ私達は国を壊すためにある存在」
千歳の目が驚愕に見開く。そして、そんな千歳にアイナは告げる。
「私達は、現皇帝ウォルグリード・フォン・フェルディナンド王を打ち倒すために集まった組織」
そう、レジスタンスだと。