Grace sorprendente  四章 4 




数日後。
千歳は再びリーシェに魔法を教わっていた。
前の説明から後、何やらやることがあったらしく、今日までリーシェの時間が空かなかったのだ。
「さて、では今回はチトセさんがどの属性魔法と相性がいいのか調べることにしましょうか」
「属性魔法というと火とか水とかの……?」
「はい。やはり魔術師ですから自分がどの属性と相性が良いのか知っておかなければいけませんからね」
笑顔で答えるリーシェ。
「私と相性が良い属性は火の属性ですね。他の属性よりも扱いやすく、小さい魔石でも通常よりは威力も精度も良くなります」
そう言いつつ掌から火の玉を出すと、その火球がリーシェを中心にまるで生き物のように回り始める。
何となく普通に扱っているように見えるが、それは相性が良いからこその芸当なのだろう。
「逆に、水の属性とは相性が悪いですね。火の属性とは違ってなかなか制御が難しく、威力も精度も劣ってしまう。まぁ、魔石の質が良ければある程度は改善できますが……」
それも付け焼刃でしょうとリーシェが肩をすくめる。
そして火の玉を消し去ると、千歳に火、水、土、風、闇、光の属性が付いた魔石を懐から取り出して微笑んだ。
「それでは、早速調べましょうか」
それから、千歳の魔法の相性を調べる為の準備を行う。
それぞれの魔石には紐が取り付けられていて、それを首に下げるのだろう。
最初は火の属性という事で、球状の赤い魔石を首に下げる千歳。
そして、属性を知るために千歳は全ての属性魔法を一通り使い、見てもらった。
結果……。
「うん、これでチトセさんの相性の良い属性が分かりました。良かったですね」
「……なんで、闇属性なの……」
項垂れてブツブツと呟く千歳。
千歳の中のイメージでは勝手にも風とか土とかを思い描いていた。
理由は、それらの属性が自分に合っているのではという考えだったからなのだが。部活が陸上部だったから。
だが、よりにもよって闇属性。
「チ、チトセさん?大丈夫ですか?」
「……はい、大丈夫です」
返事はするがどうにも覇気がない。よほどショックだったのだろう。
だが、こればかりは仕方がない。相性は自分で決められるのもではないのだから。
「まぁ、自分の思っていたものと違っていても意外と使っていくうちに気にならなくなるものです」
慰めになるのかどうか分からないが、そう言って微笑むリーシェ。
「それに、他の魔法が使えないというわけではありませんからね。自分の好きな属性も練習していくという事もできますから……」
「そう、ですね」
確かに、たった一つしか魔法が使えないという訳ではない。ただ、相性が良い属性にボーナスがつくというだけだ。
千歳は、気分を切り替えるために少し強く頬を両手で一回叩くとリーシェに向き直り、魔法を更に上達させる為に教えを請う。
リーシェもよく分かっているのか、頷いて魔法の練習に付き合った。


◆◆◆◆


「リーシェ様、少しよろしいでしょうか?」
そう言ってやってきたのは千歳以外では唯一の女性、アイナ。
どうやらリーシェに何か用事があって訪ねてきたようだ。
「どうかしましたか、アイナさん?」
リーシェは絶えない笑顔で接するが、アイナはちらりと千歳を見た後にリーシェにだけ聞こえるように近づいて話す。
その態度に、千歳にはあまり聞かせられない話なのだろうかと思い少し距離を置いて待つ。
暫くして、リーシェはアイナの話を聞き終えたのか千歳に振り返って申し訳無さそうな表情で謝ってきた。
「すみませんチトセさん。どうやら急用ができたようで、今から皆さんとお話しなければいけなくなりました」
「あ、はいっ!私は平気ですからリーシェさんは遠慮せずに行って下さい」
殊勝な態度のリーシェに慌てつつも千歳はそう言って早く行くこと促す。
それにお礼を言ってリーシェはアイナと一緒に仲間が待つであろう場所へといってしまった。
千歳はそれを見送った後、直ぐに魔法の練習に入る。
闇属性の相性が一番良いと言われたが、正直イメージとして闇は暗いとか陰湿な感じがして好きではない。
慣れるといわれても何となく抵抗がある。
だから、別に相性が良くなくても自分の好きな魔法を使いたくて千歳は風属性の魔法を使いながら練習をしていた。
また、練習している魔法だが、どうにも千歳には相手を攻撃するという魔法にも抵抗があった。
それは、人を傷つける事を感情が拒否しているというのもあるし、単純に倫理観の問題でもあったからだ。
だから、人を傷つけるような魔法は使わないと考えて、千歳は球状の緑の魔石で身を守る魔法の練習を続けた。
どうも、属性によってそれぞれ身を守る魔法に特徴があるようで、リーシェが使った水の魔法だと投げた石が下へと落ちた。これは例えで言うと小さな滝のようなものだ。
では、風の魔法ではどうなるかというと、モノを逸らして身を守るというものだった。
他にも、火の魔法であれば投げられた物を燃やしてしまうし、土は下から壁が出てきて固い土でガードする。光は反射させて、闇はブラックホールみたいに吸い込んでしまう。
それぞれに個性のようなモノがあって、やり方によっては色々な事に使えそうだ。
色々と勉強としつつ、着々と、焦らずに覚えていく千歳。
っと、そこに何か千歳の背後で物音がした。
「……?」
そして、振り返る。
「…………」
しばし硬直した後、何事も無かったかのように魔法の練習へと移った。
「……………おい」
「!?!」
ビクッ!と千歳の身体が一瞬震える。
だが、振り向かない。いや、振り向かなくてもどんな表情なのか分かっているので見たくない。
すると、千歳の背後の人物がなにやら段々と近づいてくる音がする。
そして千歳の真後ろでその音が止まった。
「いい加減、こちらを向いたらどうだ?」
「は、はいっ!喜んでっ!」
ドスの利いた声が千歳の耳に入った瞬間、見当違いな返事をしつつ悪寒と共にすばやく振り返り直立不動となった。
千歳の目の前に立つ赤い髪に灰色の瞳の無愛想男は、青い顔をしつつ見上げて硬直している千歳をジッと見ている。
まるでいつかの蛇に睨まれた蛙の再来だ。
どうしてアスランがこんな所にいるのだろうか。
リーシェは皆と話し合う為に離れたのだから、そこにはアスランもいなければおかしくはないのか。
そんなことを頭の中で考えていたが、つい口にも出ていたらしい。
まるで億劫そうにアスランは千歳の問いに答えた。
「俺には関係の無い事だ」
たったそれだけ。
それ以外に答えるものが無いというほどのきっぱりとした口調だった。
何が関係ないのか分からないが、とりあえず頷く千歳。
そして、振り出しに戻るかのように暫く動かずにお互い向かい合っていると、アスランが口を開いた。
「お前は……」
「?」
「お前は何故自分の身を守る魔法しかしない……?」
「え……?」
「答えろ」
威圧するような、まるで射殺さんばかりの視線に千歳は更に青くなる。
あまりの威圧感に喉まで渇いてくる始末だ。
だが、震えながらも千歳はたどたどしく答える。
「わ、私は……ただ、人を傷つけるような魔法を使いたくない、だけです」
「…………」
その答えを受け取ったアスランは黙ったまま千歳を見る。
だが直ぐに、まるで嘲る様な視線を送ると、冷酷な表情で言った。
「傷つけるから使いたくない、か……。とんだ甘えだな」
「なっ!?」
それに千歳は驚きつつも睨みつける。
「せいぜい、その甘えで後悔しないことだ」
「後悔なんて……」
精一杯睨みつけて反論しようとする千歳を鼻で笑うと、アスランはもと来た道を帰るように歩いていく。
その背中に千歳は、悔しさをぶつけるように叫ぶ。
「後悔なんてしませんっ!しませんからっ!!」
まるで聞こえてないかのように去っていくアスラン。
それでも千歳はアスランが見えなくなるまで、その背中を睨み続けていた。