Grace sorprendente  一章 6 




夢を見ていた。千歳にとっては馴染みのある、また懐かしいと思えてしまう夢。
朝起きられない千歳を怒りながらもちゃんと起こしてくれる母、食卓で新聞を読みながら朝食を取っている父、高校に入ってから仲良くなった一番の親友。
学校の授業、陸上の部活動、お気に入りのお店、今の千歳には行く事もする事も出来ない遠い場所。
そのどれもが千歳の胸を締め付けた。夢だと分かっている。千歳は今その夢に出てきている所にはいないのだがら。
たった2週間とちょっとの間だけ。それだけで千歳は夢に出るほど故郷の生活を切望していた。
千歳が気付いていないだけで、それだけ強く思っていた。
そして夢の中でまた一日が始まる。母に起こされ、父がいつものように新聞を読んでいて、一緒に朝食を食べてから学校へと登校して、その途中でやっぱりいつものように親友が待ち構えていた。
『千歳、おはよう!』
明るく話しかけてくるその姿は、毎日が楽しそうだとでもいうように元気だった。
『昨日はお母さんと買い物に行ったんだけど、そこでね…』
歩きながら楽しいこと、もう直ぐ始まるテストのこと、部活のことなど話していた。
千歳も同じように色々と話した。自分では珍しく沢山の事を話していた。
と、そこでふと親友が気付いたように立ち止まった。千歳も立ち止まった親友から少し先を行ったところで止まって振り返る。
『そういえばさ…』
親友はにこにこしながら続けた。
『千歳はいつ帰ってくるの?』
そこで唐突に千歳は目を覚ました。
身を起こして周りを見てみた。外はほんの少し明るくなっていることから、夜明けが近いことが分かる。
上半身を起こした千歳は、知らず溜息をついた。
「夢に出るほど…か…」
ぽつりと一言呟く。それくらい帰りたいと無意識に思っているのだろう。
だが、確かに日本に帰りたいとは思っているのだが、拾われて短い間だが今まで過ごしていく内にもう少しここにいたいと思ったのも事実。
シアとシリク、村長にルーシィ。他の村の人たちとも交流を持ち、その気持ちが芽生えたのは当然だろう。
だがこうして夢で故郷のことを思い出すと、何ともいえない不安が押し寄せてくる。
「どこに居るのかだけでも知らせられたらいいのに…」
もしかしたら、居なくなった千歳を探すために警察とかに通報しているのかもしれない。それでもきっと見つからない。見つかるはずが無い。
日本どころか地球という星にも居ないのだから。
だからこそ、どういう手段でもいいから連絡できる方法があれば良いなと思っていた。
「…………ちょっとだけホームシックにかかったかな?」
あえて茶化すように自分自身に言い聞かせて、そして頬を軽く両手で叩いて気持ちを切り替える。
今日も変わらぬ一日が始まった。


◆◆◆◆


変わらぬ日々を過ごすうちにあれから1ヶ月と少したったが、相変わらず千歳はシアとシリクの三人で楽しく過ごした。
あの時シリクが言った言葉を聞いたシアは当初、嬉しいやら恥ずかしいやらでギクシャクしていたのだが、当のシリクが馬鹿をやったお陰ですっかり元通りの関係になっていた。
そしていつものように夕食を三人でとっている時に、シリクがそういえばと思い出したように切り出してきた。
「明日俺の親父とお袋が戻ってくるんだ」
「え!?本当っ!?」
シアは何時になく嬉しそうに聞き返す。
その反応にシリクは少し笑って頷く。
「ああ、今回は二週間くらい居られると思うぞ?」
「やった!それならまたおば様に料理教えてもらわなくちゃ!」
そのはしゃぎ様に疑問を抱きながら、千歳はシリクの方を向いた。
「シリクさんのお父さんとお母さんが帰ってくるんですか?」
「ああ、ここに来る前にグンターじいちゃんがそう言ってた」
「どこに行ってたんですか?」
「行商だよ。人が沢山いるところに商品を運搬しながら売ったりするんだ」
「へぇ」
千歳は感心しながら頷いた。シリクの両親はここの村にあるものをある土地に行って色々と交渉しながら販売をしているので中々戻ってくることが出来ず、こうして戻ってくるのは稀だとシリクは苦笑しながら語った。
「寂しくないんですか?」
「いや、別に。もう慣れてるからな。グンターじいちゃんとシアもいるし寂しくは無いよ」
「……そうですか」
知らず溜息が漏れる。寂しくないというシリクの言葉がどうも納得できなかった。
それは自分が寂しいから同じようにシリクも、両親がいないシアもそうだと思っていた。
「まぁ、最初の頃は寂しかったけどな」
「そうね、あの時シリクったらおじ様たちが村を出るときビービー泣いてたわよね」
「そんな事覚えてるなよ!お前だって同じだったじゃないか!」
「し、シリクほどじゃないわよっ!」
例の如く言い合いに発展するのを余所に、千歳はもう慣れたように食事を取りながら思う。
(両親…かぁ…)
何となく、シリクが羨ましく思ってしまった千歳だった。
翌日、村の人ほとんどが朝から外に出ていた。
今回はシリクの両親が帰ってくるということから早く仕事を終わらせようという事らしい。
千歳たち三人も、そわそわしながらも仕事をこなしていた。
「おーい!帰ってきたぞ!」
村人の誰かがそう叫んだのは昼を過ぎた頃だ。
小道の方を見てみると、荷馬車に乗った男女がこちらに向かっているところだった。
男は年を感じさせるがガタイが良く、正に偉丈夫といえるような男。女の方は金髪を腰まで流していて、愛嬌がありそうな美人といったところだ。その二人はこちらに向かって手を振っている。
「アラン、どうだった?」
荷馬車が村に到着するなり早々、村の男が荷馬車にいるアランと言う男にそう聞いた。
「ああ、上々だ。今回はいい交渉が出来た」
アランは嬉しそうにそう話す。その隣にいる女も笑顔で迎えた村人たちと話合っている。
この二人がシリクの両親なんだと千歳はそう思いつつ、遠くから眺めていた。
その中に、シアとシリクも入っていった。シリクの両親は二人に気付いたのか、他の村人たちとの話を一旦止めて話しかける。
「よぉ、息子よ。元気だったか?」
「当たり前だろ。有り余るぐらい元気さ」
シリクがニッと笑って答えたのに両親は微笑む。次いでシアにも挨拶をした。
「シアちゃんは前より可愛くなったわね」
「おば様、それ前にも言ってたわ」
千歳はそのやり取りをジッと見ていた。久しぶりに会った親しい人たちの会話を邪魔したくはなかったし、入り難いというのもあったからで声を掛ける事はしなかった。
だが、シリクとシアは両親になにやら話すと四人で何故か千歳の方へと歩いてくる。
(え!?嘘っ…ちょ…!?)
心臓が早鐘を打っている。まさかいきなり対面で話すとは思わず、心の準備がまだ整っていないので混乱した。
だが、4人は待ってはくれない。千歳の前に来ると、シアとシリクが揃って紹介した。
「チトセ、この二人が俺の両親だ」
「アランおじ様とミルカおば様よ」
「よろしく」
「よろしくね」
「……っ……こ…こち、らこそ…」
紹介されたアランとミルカは笑顔で千歳に挨拶をした。
だが、当の千歳は動転しているのか口が回らず中々言葉がでない。
辛うじて挨拶はできたのだが、そんなガチガチな千歳を見て両親は揃って苦笑した。
「そんなに固くならなくて良いわよ?」
「こいつらみたいに接してくれた方が嬉しいんだがな」
こいつらと言われたシアとシリクはにこにこした表情で千歳を見ている。
「話は聞いた。襲われたんだってね。怖い思いをしただろう」
アランがそう言ったが、千歳は慌てて首を振った。
「い、いえ!もう大丈夫です!シアとシリクさんがお世話してくれたので!」
余りにも必死に言う千歳が可笑しかったのか、四人ともが笑い出して千歳は恥ずかしくなって縮こまる。
「でも、もし傷が痛むときは無理しないでね。無理をして傷が開いちゃったらいけないから」
ミルカは心配そうに千歳を見ていた。
千歳はその視線に何だかいたたまれないような気分になりながらも頷く。
と、村の者たちが早く商売のことを聞きたそうにしているのを感じたのか、シリクは手を打って両親を促した。
「まぁ、今は挨拶はこれくらいにして…親父たちは村の連中に報告してこいよ。俺たちはシアの家に行ってるから」
これに両親は頷き、また後でと言ってから村の者たちの方へと歩いていった。
去っていく両親を見ながら千歳は息を吐く。緊張から解放されたことによる安堵の吐息だった。
「チトセ、緊張してたわね」
シアがにこにこしながらそう聞いてくる。千歳はシアに少し恨めしい目を向けた。
「シア、私急にこういうことされるのは苦手なの…」
「ごめんね。でも、どうせ挨拶するなら直ぐした方がいいでしょう?」
あまり反省してなさそうに言うシアに、今度は諦めたような溜息を吐いて何も言わなかった。
そんな二人にシリクはさして気にも留めず、シアの家に行こうと言って先に歩いていってしまった。
歩いている後姿から見ても浮かれているというのが分かる。やはり、家族と過ごせるのは嬉しいことなんだろうなと千歳は思いながらシアと一緒に後を付いていった。


◆◆◆◆


千歳がシリクの両親と色々と話すようになったのは両親が村に帰ってきた翌日だった。
どうも村の者たちと商売や品物について話しているうちに遅くなってしまい、話すのは後日ということになったからだ。
その日は安息日だった為、千歳とシア、シリクと両親を合わせた5人で少し遠出をすることになった。
遠出といっても、キリジア帝国とマーシル帝国の国境となる山にある湖に行くというものだ。
5人は朝に出発し、湖に着いたのは昼に差し掛かる所だった。
「はぁ、やっぱりここは綺麗で良いところよね」
湖に着くなりそういうシアに、千歳は言った。
「前もここに来たことがあるの?」
「ええ、結構ここに来るわよ。シリクやおじ様おば様と遠出する時は大体ここだからね」
「へぇ、そうだったんだ」
何回も来ているというシアの言葉に、千歳は湖を見ながらなるほどと納得した。
ここの湖は澄んでいて、太陽の反射光によってキラキラと輝いている。それが宝石のようで千歳は少しの間見惚れていた。湖の中を覗くと、魚のようなものが泳いでいるのが見えた。
「凄い綺麗な湖だね。こんなに綺麗な湖初めて見たよ」
中を覗きながら言う千歳に、シアは笑顔になる。
「そうでしょう?こんなにも綺麗な湖は滅多に無いのよ」
綺麗な湖に感動しながら頷く千歳の隣に座り、シアと千歳は一緒になって湖の中を覗く。その中にいる魚のことを教えてもらっていると、後ろからシリクの声が聞こえた。
「おーい、メシを食うからこっち来いよー」
振り返ると、シリクと両親が昼御飯の用意をしているところだった。それを見てわかったと返事をすると、二人は手伝いをする為にシリクと両親のいる所へ戻る。
「今日は沢山作ってきたから、沢山食べてね」
皆で準備したので時間が掛かることも無く、直ぐに昼御飯の用意が出来た。だがミルカ以外の4人は揃って引きつった表情でそれを見た。
5人分を用意すれば大丈夫なのに、何故かその2倍以上の量が籠の中に入っていたのだ。
「通りで重いわけだ」
ボソリとシリクが呟くのを聞いた千歳だったが、何も言わなかった。
結局、多くても食べきってしまえば大丈夫だと思ったのか、全員で祈りを済ませた後に昼食を頂いた。この祈りの時に両親がシアとシリクのように千歳の祈りに驚いていたが、驚いただけでさして気にせず食事にありついていた。
行商で色んな土地を回っているから祈りが違うというのに慣れているのかもしれない。
そして御飯を食べながら、千歳が遠いところから来たという下手な説明をシアとシリクに助けてもらいながら何とか伝えた。
「そんなに遠いところから来て、寂しい思いをしただろうね」
「そうね、他に誰にも知ってる人がいないところに連れてこられたんだもの。女の子なら当然だわ」
話を聞いた両親は悲しそうに、心配そうに言った。千歳はこれに微笑んで応える。
「確かにそうですね。でも、ここの村で過ごす内に寂しいなんて思いはしなくなりました」
千歳はそういう事にした。
シアやシリクと過ごす内に楽しい日々を送ることが出来たのは事実だが、寂しくなくなったという訳ではなかった。
「そうか、それは何よりだ」
アランは内心を知らず千歳の微笑に笑顔で頷き、ミルカも同じように笑顔で頷く。
それから昼食を(なんとか)食べ終わった後、唐突にシリクが切り出した。
「よしっ!メシ食ったし、遊んでいこうぜ!」
「食べた後でよく言えるわね。私はまだ動けないわよ」
シアは少し苦しそうにしながらシリクを見た。頑張って食べたのがどうやら仇となったらしい。
実は千歳もお世話になっている手前残すことが出来なかったのか、詰め込むだけ口の中に詰め込んだわけで、それによってシアよりも苦しい思いをしていた。
「わ、私も…今ちょっと動くの無理です…」
「チトセもか?あー…それじゃあどうしようかな…」
「シリク、それじゃあ俺と勝負でもするか?」
すると、シリクにそういったアランは不敵な笑みを浮かべて立ち上がった。それを見たシリクもまるで待ってましたと言わんばかりにニヤリと笑ってアランを見返す。
「いいぜ。親父に今度こそ勝ちたかったところだしな」
「俺に勝とうなんざまだ4年と5ヶ月足りないな」
「……なんでそう微妙に現実的な言い方なんだか」
少し脱力しかけたシリクだったが直ぐにやる気になり、どの勝負にするかアランと相談することになった。
千歳はそれを苦しくなっているお腹を撫でながら眺める。
あーだこーだと勝負について言い合っているところが微笑ましく、本当に仲が良いのを感じさせた。
シアもミルカも言い合う二人を見てクスクスと笑っており、その光景を楽しんでいる。
「よーし!じゃあ湖の向こう側まで競争するというのはどうだ!」
「いいぜ!早く向こう側に行けばいいんだな!」
アランの提案にシリクが頷いた。どうやらどんな勝負にするか決まったらしい。
「ミルカ、合図してくれ」
「わかったわ」
楽しそうにそう返事するミルカ。シリクとアランはそれを聞くとスタートの体勢に入った。
「よーい、どん!」
その声と同時に二人が走った。シリクは湖を迂回するように駆ける。草木が邪魔で走りにくいが、慣れているのか一向に構わず進んでいく。
そして、アランはというと…。
「…………凄いですね」
千歳はそう呟く。アランはシリクが湖を迂回するように走ると同時に湖に飛び込んだのだ。しかも、魚のようにスイスイと向こうまで泳いでいく。
「そうね、アランったら泳ぐの得意だからこういう勝負にしたんだわ」
「…………」
という事は勝負をする前からこれを想定していたということだろう。単純なシリクは騙されて乗ってしまったという訳だ。
そして、案の定勝負はやはりアランの勝ちだった。
ゴール地点に遅れて到着したシリクは草木を払いながら走っていたためボロボロの格好で、それをアランが笑いながら色々と言っているのが見える。
そしてついに耐えかねてシリクが襲い掛かるが、それも予想していたのかあっさりと捕まえて湖に放り投げていた。
それを見て三人は笑っていたが、ふとミルカが千歳を見ていることに気付いた。
「…?どうかしましたか?」
首を傾げる千歳に、ミルカは苦笑してシアに目配せする。
その目配せにシアは直ぐに理解して、おじ様たちのところに行ってくると言って離れていった。
シアが離れたため、急に二人きりになって千歳は落ち着かない気分になる。それに、先ほど自分を見ていたのも気になってしまう。もしかして、何か機嫌を損ねてしまうようなことでも言ってしまったのだろうかと不安になった。
ミルカは千歳のそんな考えが分かったのか、優しく微笑んで千歳に言った。
「チトセちゃん、さっき言ったことだけど…」
「え?さっき…ですか?」
千歳は戸惑いながら考えた。さっきとはどのことなのか緊張している頭では中々思い出せない。
「ほら、ここで過ごす内に寂しくなくなったって…」
「あ…言い、ましたね」
言われて何となく気まずくなりながら千歳は頷いた。
「あれ、嘘でしょ?」
「………」
核心をつく言葉に沈黙で返した。
ミルカは、沈黙する千歳に向かってごめんなさいねと苦笑しながら話を続ける。
「さっきは寂しくなくなったっていってたけど、私には寂しそうに見えたわ」
「……………どうして、そう思いました?」
千歳は俯いて、小さい声で聞いた。
「そうね…。しいて言えばあなたと同じくらいの子供…シリクやシアちゃんがいるから、かしら?お仕事だから仕方がないのだけど、やっぱり子供と離れているのは寂しいのよ。昔なんてお仕事に出かける度にしょっちゅう泣いてたからあの時は本当に辛かったわ」
「…そうだったんですか」
「今はもう泣くようなことはないかもしれないけど、寂しがっていたのは見てて分かるわ。だから、チトセちゃんもこんな知らない所に連れられてしまって寂しい思いをしてるのかなって、表情を見てそう思ったの」
「………」
千歳はもう何も言わなかった。俯いたままで、何も言わずにいた。
ミルカも、何も言わずに千歳を見ている。その代わりに千歳の手を握ってあやす様にさすり続けた。
その手が、何だか前に泣いていた時にシアがしてくれた事と重なって少し笑った。
親だからこそ、こうして寂しそうにしている子供を見るのは辛いのかもしれない。
ほんの僅かでも元気になって欲しいという思いが伝わってきて、千歳は顔を上げてミルカに笑顔を向けた。
「ありがとうございます、ミルカさん」
その笑顔にミルカも笑顔で返してきた。その時のミルカが、どこも似ていない筈なのに自分の母親を思い起こさせた。
「もう!なんで私まで…」
「仕方ないだろ?親父がやれって言ったんだよ」
と、そこでシアとシリク、そしてアランが水浸しの状態で帰ってきた。
シアはかなり不機嫌そうにしているのだが、理由はやはりシリクらしい。シリクに対して盛大に文句を並べている。
アランも一緒にシリクをからかって笑いながら戻ってきた。
「ん、どうしたんだ?」
散々色々言われていたシリクが、千歳とミルカと見て首を傾げて聞いてきた。
千歳は咄嗟にどう言ったらいいのか分からず慌てたが、代わりにミルカが誤魔化すように微笑んだ。
「晩御飯のことで色々とお話してたのよ。それにしても、派手にやったわね」
ミルカはずぶ濡れの三人を見ながらコロコロ笑う。
「お陰で冷たいし服が張り付いて気持ち悪いよ」
シリクが辟易しながら肌に張り付く服を手で絞る。
「まぁ、天気も良い事だし直ぐに乾くだろう」
悪魔で楽天的にアランが言う。それにシアが非難がましい目で見ていた。
「おじ様の頭も相当天気が良いわよね」
どうやら能天気だと言いたい様だ。だが当のアランは髪の事を言われたと思っているのか、俺はハゲじゃないと言うのでシアは溜息をついて、そうですねと答えた。皮肉が通じなかったのはどうやらアランだけらしく、他の3人は小さく笑っていた。
この後、今度は千歳を巻き込んで湖に飛び込んだり、果物を食べたり花を観賞したりしてのんびりと時間を過ごした。
安息日で家族が濡れ鼠の状態で家に帰ったのはこの家族だけだろう。
夕方を過ぎた頃、5人は家に帰るなり早々に着替えた。ここで風邪を引いてしまうのはどうにも情けない。次の日の仕事にも影響が出てしまう為、温かい格好をしてから夕食に取り掛かった。
「今日は豪勢なものを作りましょう」
そうシアが言うなり役に立たない男二人は追い出され、女三人で楽しく夕食を作り始めた。
「ここは奮発してギジュのお肉を使いましょう」
「そうね、今日はそれにしましょうか」
「ギジュ?」
初めて聞く名前に千歳はシアに問う。
「ギジュっていうのは鳥のお肉のことよ。少し高いけど、凄くおいしいの!」
そう話しながら、シアはそのギジュと言われる鳥を出した。それはもう下拵えを終えている段階なので、どういった鳥なのかは分からない。
だが、シアが嬉々として調理していくのを見てよほど美味しいんだと思いながら色々と手伝った。
ここで、ミルカは料理に関してかなり厳しい事が分かった。 シア曰く、ミルカは食事は楽しく美味しく食べるものだから不味いものは出したくないということらしい。
そして出来上がったのは丸ごと燻製にしたギジュと野菜、パンとここに拾われた時に食べたシチューだった。
出来上がって皿を全員分テーブルに並べたところで、シアが呼びに行っていたシリクとアランがきた。
「お、これってもしかしてギジュか?」
匂いで分かったのか、アランがそう言いながら席に着く。
「うわ、今日は豪勢だな」
シリクも、ギジュが出たことで嬉しそうに言いながら自分の椅子に座った。
「今日は久しぶりに皆集まったしね」
ミルカが笑顔で言って、シチューをよそう。
そして、皆に行き渡ったのを確認してから祈りを捧げて食事を始めた。
シリクとアランが案の定ギジュを取り合い、シアとミルカがそれを嗜め、千歳がその光景を見て笑う。
そうして、楽しく幸せなひとときを味わいながら千歳は食事を終えた。