Grace sorprendente  二章 4 




ディーは粗方店の情報を教えて、千歳がそれをちゃんと覚えたことを確認すると、千歳の格好を今度は確かめるように見た。
「君は遠いところから来たんだったよな?」
「はい」
千歳は頷く。
「そうなると、やはり携帯出来るもので尚且つ保存の利く様なものがいいか…」
そういうと、先ほど千歳に教えた店の情報の中から旅に役立つものがある所を親切に教えてくれた。
「まぁ、これくらい教えれば大丈夫だろ」
「ありがとうございます」
お礼を言う千歳に、笑いながら大した事はないというように手を振るディー。
「だけど、女の一人旅は物騒だから気をつけるようにな。石を持っていれば一人でも大抵は大丈夫かもしれんが」
「?」
石と言ったディーに疑問符が浮かぶ千歳だったが、それを聞こうとする前に一緒に座っていたジルが焦れたのか、ディーに非難するような目を向けて怒鳴った。
「もういいだろディー!さっきの事ケントとリヴィにも伝えなくちゃいけないんだからそろそろ終わらせろよ!」
そう言って地団駄を踏むジル。ケントとリヴィというのはきっとジルが言っていた競争していた相手だろう。
「あーはいはい。悪いなお嬢ちゃん、そろそろ行かないといけないからこれまでだ」
「いえ、お店のこと教えてくれてありがとうございました」
ぺこりとお辞儀をする千歳。
「じゃあ、また何かあったらここに来るといい。大抵俺はここにいるからな」
「はい」
そういってから、ディーとジルは二人一緒にルメリオ亭から出て行った。
千歳もそれからルメリオ亭を出る。早速ディーに教えてもらったお店に行く事にしたのだ。
旅に必要な物といっても、実際にどんな物がどの位必要なのかすらわからない。
それならば店の主人に聞けばいいと言ったディーに習って、千歳は知らないものがある度に店の主人に色々と聞き出した。
普段知られている物にまで聞いてくる千歳に訝しんだが、特に何も言わずに説明してくれて、時間は掛かったがある程度旅に必要なものを買うことが出来た。
「疲れた〜」
買い物が終わり、オンボロ宿に戻った千歳はベッドに寝転んだ。
色々と買うために歩き回ったお陰で外は暗くなっている。結構疲れたのだが、御飯を作らなくてはいけない。
とはいっても料理を作るところがないので、宿に戻る途中で買ってきた食べ物を晩御飯にした。
見た目はコンビニなどで売っている肉まんの形をしている。
といっても似ているのは見た目だけで、硬くて噛み辛く、味もどちらかというとない。
お金を少しでも節約する為に安いものを買ったのだが、それが仇となったようだ。
だが千歳は、まるで失敗した硬いパンを食べてるような錯覚に陥りながらもそれを完食した。
そして、食べ終わってから暫らくしてのことだ。
「おい、あんた!なんだその格好は!」
宿の主人である中年の男が誰かに向かって怒鳴る声が耳に入った。
「なんだろ?」
明らかに非難しているような声色。どうも何かしらトラブルが起きたらしい。
金さえ払ったら後は勝手にしろというような中年男だったが、余程看過できない事でも起きたのだろうか。
千歳はそろそろと忍び足気味に声の元へと近づいていく。
そこには、案の定中年男がいた。そして、その相手をしている人物が誰なのかもわかった。
(赤い髪の人だ)
そう、あの睨むように人を見てくる男が中年男の相手だった。
どうにも格好の事を非難されているようだが、千歳が見る限りそこまで言うほどのものでもない。
胸当てや肩当てをした軽装で、何やら所々変色しているだけだ。
言うべき点を挙げるとすれば其処だけなのだが、ふと、千歳は何か違和感を感じた。
「……ただの仕事だ」
相変わらず睨むようにして一瞥する赤髪の男。
「仕事なのはいいがな、そのまま此処に戻ってこられると色々と厄介なんだよ!」
怒鳴るように中年男も言い返す。
「誰にも見られていない。問題は無い」
まるで意に介してない様に赤髪の男は答えた。その仕草はどうにも面倒臭いと言っているようにも思える。
中年男もそれを感じたのか、顔を真っ赤にすると掴みかからんばかりに赤髪の男に近づいて、言った。
「信用できるか!いいか、殺すのはいいがな!その格好のまま戻られると、殺人者と知ってて泊まらせたと俺まで共犯扱いにされるんだ!金さえ払えば勝手に部屋を使っても構わんが俺を巻き込むな!」
(っ!?)
それで気付いた。
軽装が変色したと思っていたが、中年男が言った事で確信した。先程感じた違和感の正体は血だったのだ。
だが、中年男は殺した事など気にしていない。それよりも寧ろその格好でここに入った事を咎めている。
「今度またそんな格好で戻ってきてみろ!追い出してやるからな!」
そう言うなり乱暴にカウンターに置いてあった酒を取ると、ずかずかと奥へ去っていく中年男。
どうも気分を少しでも鎮めるために誰もいない所で酒を飲みにいったらしい。
そして赤髪の男は、やっと煩わしい奴がいなくなったと言うように溜息を吐くと、自室へ戻るために歩き始めた。
そう、千歳のいる階段のほうへ。
当然、そこに佇んでいる千歳は(千歳本人は隠れているつもりだったが)赤髪の男に見つかる。
「……なんだ?」
俺に何か用でもあるのか。
とでも言いたげな視線の男に、千歳は心臓が破裂するくらい緊張して喉を鳴らす。
場所も相手も違うのに、赤髪の男の血に染まった格好が、自分が切られたあの時の事を思い起こさせた。
それでも逃げようと後退りしそうな身体を精一杯押し込めて、千歳はなんとか言葉を発するために口を開く。
「その…人、殺しは…いけない…ですよ」
最後の方は尻すぼみになったが、相手の耳には入っただろう。
そして、暫らくお互い静止したまま数秒。
「………はっ」
赤髪の男が蔑むように鼻で笑った。
それからそのまま無言で千歳を横切り、自室へと消える。
その間、千歳は下を向いていた。あの睨むような眼つきには、とても正面きって相対できないからだ。
まるで石になったように硬直していて、殺人に対して何も言う事が出来ない自分に不甲斐ない気持ちで一杯になる。
だが、それ以上に考えるのは先程の事。
(なんで、あんな人を馬鹿にするように笑ったの…?)
人殺しはいけないことだ。当たり前のこと。だからこその発言だった。
なのに、それを鼻で笑われたのが分からない。
それが、何だか悲しいとも悔しいとも思えて、釈然としない気持ちを抱えながら千歳も自室に戻っていった。