Grace sorprendente  二章 6 




その日の夜、千歳はルメリオ亭へと来ていた。
別にディーやジルに会いにきたわけではない。
ただ知っている飲み屋で何回も来ている事からつい足が運んだだけだった。ついでに晩御飯も頂こうとも。
流石に夜となると、中は騒がしいほど人がいる。
朝や昼は人がいても静かで落ち着きのあるような感じだったのだが、夜では雰囲気がガラリと変わっているルメリオ亭に、千歳は物珍しそうに辺りを見回した。
まずは席を探さないといけない。
店にいるのは大抵が男だったが、女もちらほらと見かける。
と、その女たちの服が露出の激しい格好をして男を誘っているのに驚いた。
きっと、それでお金や金品などを貰っているのだろう。それにしても、衣装がある意味個性的で目に付く。
同じ女でありながら千歳は何だか顔が赤くなるのを感じて目を背ける。見ている自分が恥ずかしくなってしまったのだ。
男たちは、そんな女たちの思惑に嵌るように嬉々として次々に声を掛けたりしている。
やっぱり男の人ってああいうのが好きなのかなと多少男に疑念を抱きつつ、他の場所に目を向けた。
男同士で酒を飲み比べたり、商談したり、自慢したり、色々と騒がしい。
だが、皆共通していることがあった。
楽しんでいる。
どこもかしこもそうだった。
知らない者同士もまるで昔からの友人のように肩を組んで飲みあったり、あるいは意気投合したり…。
騒がしくて騒がしくて、だが千歳はそれらを見て微笑んだ。
こういうのは悪くないと思ったのだ。ちょっと目を逸らしたくなるところもあるが、きっとそれも含めてなのだろうなと思った。
と、千歳はやっと空いている席を見つけた。
丸テーブルで4人が座れるのだが、まだ誰も座っていない。
これ幸いと千歳はその席についた。
ついた途端、となりのテーブルで酒を飲んでいたのか、顔を赤く染め髭を生やしたかなり高齢の男が千歳を見て笑った。
「おい、坊主!一人で寂しく座ってないでこっちにこいよ!」
「え?あの、私…」
坊主と言われてちょっとショックな千歳は急に声を掛けてきた男にしどろもどろになる。
「いいから!こっちで飲もうぜ!な?」
相当ご機嫌なのか、しつこいくらい飲もうと誘ってくる。
やんわりと遠慮しても聞く耳持たないようで、最終的に無理矢理男のテーブルに着くことになった。
「俺の連れが潰れちまって話し相手がいなくてな、ちょうど良かった!」
「はぁ…」
見ると、その潰れた連れはテーブルに突っ伏している。
「ほら、坊主も飲め!遠慮しなくていいぞ!俺の奢りだからな!」
そう言いつつ差し出してくる酒に慌てて首を振る。
「わ、私未成年だからお酒は飲めません!」
「あん?未成年?………って、お前…もしかして女か?」
未成年と言う言葉に首を傾げてから、暫らくして千歳の性別に気付いたのかジッと見てくる。
どうやら酔っていた事もあってか、完全に男として見ていたようで、千歳は心の中で泣いた。
(髪が短いからって男と間違われるなんて…此処に来て間違われてばっかりだよ)
「えと、兎に角お酒はいりません。そして私は女です」
あえて女という部分を強調して言う。
酒飲みの男は目をぱちくりと瞬かせると、何がおかしいのか笑いながら謝ってきた。
「ははははは!こりゃ悪いな嬢ちゃん!どうりで軟弱な奴だと思ったよ。侘びに何か食べ物でもどうだ?」
酒は飲めないと言ったからなのか、先程の強引な事はせずに酒を引っ込めて、代わりに食事を差し出してきた。
香ばしい匂いのするそれは、肉の丸焼きだ。
何の肉なのかは分からないが、見るからに美味しそうな匂いをかもし出している。
こんなことで男と間違われたショックは拭えないのだが、好意に甘える事にした。
「これ、美味しいですね」
「そうだろ!なんてったって俺の奢りだからな!」
そう言いながら酒を豪快に飲み干す。
もしかしたらこういう飲み方をしていたせいで連れの人は潰れたんじゃないかと思った千歳だったが、何も言わずに食事を続ける。
男は上機嫌で、他の場所で騒いでいる男たちを見て笑いながら千歳に聞いた。
「ところで、嬢ちゃんはどうして一人でこんなところに来てるんだい?夜にここらを歩くと何かと危ないぞ?」
「えっと、ただ単に足を運んできただけです。晩御飯もまだだったので…」
「だったら、あまり遅くならないように帰った方がいいだろうな。物騒な連中は夜に行動することが多いからな」
「そうですね。もう少ししたら帰る事にします」
言ったところで、男は笑顔になる。
「なんなら、俺と連れが嬢ちゃんを送ってやるよ」
それには吃驚する千歳。慌てて遠慮しようと首を振る。
「そ、そんな!いいですよ!」
一瞬下心があっての事なんじゃないかと疑う。
が、そういえばさっきまで男と勘違いしていたことを思い出して落ち込むと同時に思い直す。
そう思いながらも断り続けるのだが、酔っている相手は中々引こうとしない。
結局、またもや押し切られてしぶしぶ了承する羽目になった。
「という訳で、俺が付いていたら安心だ!だからちょっと遅くなっても大丈夫だぞ?」
「あ、あはは…」
男の上がりに上がったテンションについていけない千歳は苦笑いをする。
と、そこで入り口から扉を力任せに開けたのか大きな音が店の中に響いた。
「なんだぁ?」
「?」
男と千歳は音のした方へと顔を向ける。
店の中で騒いでいた者たちも、一時騒ぐのを止めて同じように扉へと目を向けた。
そこには、何人もの鎧を付けた兵士のような者たちが立っていた。
手には剣を持ち、目は剣呑な雰囲気が伺える。
良く見ると、あのお饅頭もどきを食べ歩いていた時に見た警備だと思った者たちと同じ格好をしていた。
いきなりの登場に加えて店に入るには場違いなせいか、誰一人口を開かずにただ唖然と兵士たちを見ている。
先に口を開いたのは兵士らの先頭に立っている一人だった。
鎧が他の者たちと違い、また見るからに風格も違うことからその先頭の男が後ろに従えている兵士たちの隊長だというのが分かる。
「この中に剣の扱いに長けた者はいるか!?」
唐突な発言に、誰も答えない。
だが、直ぐに返答が欲しいわけでも無かったのか、さらに隊長は続けた。
「今日この日、我が国、我が民に対して非道な行いをした者たちが現れた!目的は不明だが、これは我が国に対しての宣戦布告であるとディルヴェント郷は宣言され、その者たちを討たんとする為に多くの者を集めよとの命を我らは授かった!」
(非道な行い?)
大声を張り上げる隊長に千歳は耳を傾けながら首をかしげる。
「非道な行いがなんだって?もっと分かりやすく言ってくれんと分からんぞ」
そう言ったのは千歳の横にいる酒飲みの男で、早く説明しろとばかりに煽る。
それに周りもそれぞれ反応するようになったのか、先程までの楽しく騒いでいたのとは違う騒ぎになっていく。
その声が大きすぎて話ができないと思ったのか、後ろに控えていた兵士たちが黙るように声を張り上げる。
ようやく静まり返ってから、隊長は分かりやすく、具体的に説明した。
「他国の侵略によって我が国の善良なる村人たちが虐殺されたのだ。そして村には火を放たれ、家畜は奪われ、畑は荒らされた。今は鎮圧する事ができたが油断は出来ない!」
「侵略と、虐殺……?」
現実感が伴わないのか、千歳はただ言葉を呟く。
千歳の横にいる酒飲みの男は理解したのか、酒を一気にあおると再度聞き返した。
「で、その非道な行いをした他国とやらはどこか分かってるのか?」
「だからこそこうして剣が使える者を集めようとしているのだ」
隊長は声高々に言った。
「我が国に侵略した国は隣国マーシル!非道なる蛮族へと落ちた奴らは我らの国を蹂躙する為に攻めてくる!それらから守る為にも、そなた等の力が必要なのだ!さぁ、腕に自慢のある者は志願しろ。報奨金も用意してある!」
隊長の報奨金という言葉を聞いた男たちが動くのにそう時間は掛からなかった。
しかも、活躍すれば名も知られるようになる。戸惑いも躊躇もないところは流石剣に自信のある者たちと言えるだろう。
千歳は、あまりにもな雰囲気に押されがちになりながら様子を見ていた。
隣の男も説明を求めたりしてたから真っ先に志願するかと思ったのだが、酒の方を優先しているようだ。
入り口近くに殺到する志願者たち。暫らくしてまた隊長が口を開いた。
「志願する者たちについてはこの後簡単な試験をさせていただく!どれだけ通用するのか、我らとて知っておきたいからな」
そういうなり、志願した者たちは興奮気味に我先にと名乗りでる。
だが試験はどうやら兵士たちの使う鍛錬場で行うらしく、それを伝えていた。
そして、集まった志願者たちを見回しながら隊長は声を張り上げる。
千歳は多少の不安を持ちつつも、先程運ばれてきた甘い飲み物が入ったグラスを手にその声を聞いていた。
「我らは非道なる隣国マーシルを打倒せんと立ち向かう。ここの者たちが何人も犠牲となる事もあるだろう。しかし、我らキリジア人は誇り高き戦士だ!たとえマーシルがどんな策を凝らそうとも、最後にもたらすのは我らの勝利だと確信している!」
まるで演説のような文句に、周りは感化されてきたのか同調する声が上がる。
「共に力を合わせ、敵を屠り、我が国の平和を取り戻すのだ!」
「おぉぉぉぉぉ!!」
名を上げたい者も、金に目がくらんだ者も、単純に隊長の演説に感化された者も、皆が声を上げた。
そして、最後の締めとばかりに隊長は言った。

「そしてキリジアの戦士たちよ!我が国の民であった、理不尽にも殺されたベルツェ村の者たちの魂を導くのだ!」

「……………………え?」
千歳の手からグラスが零れ落ち、床に当たって砕けた。