Grace sorprendente  二章 8 




それから馬を殆ど休み無しで走らせながら急ぐ千歳たち。
そのお陰なのか、村の近くにくるまではそう時間は掛からなかった。
「頭目ぅ、もう直ぐつきますよぉ」
そう言うなり、ティムはにやけた顔をレフに向ける。
「そうか」
レフはそれだけ頷くと、千歳をちらりと見た。
千歳は視線に気付いてレフを見返したが、レフは複雑そうな表情を浮かべるだけで直ぐに前を向いた。
その表情がどんな意味を持っていたのか、千歳には分からない。
突然、ティムが馬を急停止させた。
レフと、レフに掴まって一緒に乗っていた千歳は急に止まったティムに驚きながらも、同じく止まる。
「どうしたんだティム?」
レフが訝しげにそう訪ねる。
だが、ティムはジッと村のある道を見詰めていて返事をしない。
見詰めている先にある道は雑木林で囲まれており、夜なので視界が悪く、千歳には暗闇しか見えない。
だからなのか、何故止まったのか分からない。
早く村に着きたいと思っている千歳は、急いでいるのにここで止まっているのが分からず、先を急いで欲しいと言おうとした時だった。
「頭目ぅ、なんで騎士様が道を塞いでいるんですかねぇ」
ティムが道の先を見詰めたままレフにそう呟いた。
「何?」
言われたレフもティムと同じように前を見据える。
「……………ちっ、予想してたがやはり簡単には村に着けないか」
「どういう事ですか?」
話が見えない千歳は疑問を口にする。
レフは千歳に申し訳ないような表情を作ってから、忌々しそうに前にいるであろう騎士を見て説明した。
ティムもまだ詳しいことを聞いていないのか、レフの説明に耳を傾けた。
「村が襲われたから騎士たちがもっと詳しい事を調べる為に来てるんだろう。その間は誰も立ち寄らないようにああやって見張りを立てているんだろうな」
「ありゃ、村が襲われたんですかぁ。そりゃ災難だぁ」
「じゃあ、村には入れないって事ですか?」
ティムは軽く驚くように言い、千歳は村に入れないと聞いて不安げに訪ねた。
レフは、暫し黙ったまま何かを考えるように顎を擦る。
「………………ティム、あの騎士から俺たちを見る為の目を誤魔化してくれないか?」
それを聞いたティムは目をぱちくりとさせてレフを見る。
どうもティムは、ここで引き返すと思っていたらしい。
「頭目ぅ、村が襲われたんですよぉ?もしかしたらまだ襲った奴らが近くに居るかもしれないじゃないですかぁ。戻った方が安全ですよぉ。騎士様ともぶつかる可能性だってあるし、巻き込まれたら堪らないですってぇ」
「この嬢ちゃんに縁のある村なんだよ」
まるで、もう言うなとティムの言葉を遮るように早口で喋るレフ。
千歳は、俯いていた。だが、レフを掴む手はブルブルと小刻みに震えている。
「あーぁ、なるほどぉ…そういう事でしたかぁ」
それでもティムは陽気に答える。しきりに成る程と言い、それからレフに答えた。
「それなら仕方がないですねぇ。ちょっとやってみますかぁ」
「え?」
驚いたように顔を上げる千歳。それもそうだろう。さっきまで戻った方がいいと言っていたのに、レフがいった途端に意見を変えたのだから。
「いいんです、か?」
にわかに信じられなくて千歳は聞く。
ティムは既に馬を下りて何か準備をしているのか、念入りに持っている物を確認していた。
「あぁ、いいんですよぉ。そういう事情なら俺としても協力はしておかないとですからねぇ」
「悪いな、ティム」
「その代わり頭目ぅ、後でおごってくださいよぉ」
レフはそれに手を振って答えると、千歳に言った。
「嬢ちゃん、ここから先は騎士に見つからないように行くことになる。いいか?」
まるで覚悟はあるかというような、いや、実際にその覚悟が必要なのかもしれない。
それでも、千歳は迷わず頷いた。
「はい、どうかよろしくお願いします」
「勇ましい嬢ちゃんだ」
そう言って笑うレフは、ティムに視線を向けると馬を下りた。
千歳も習って馬から下りる。
流石に馬に乗って木々を避けて歩くことは得策ではない。最悪視界が悪くても音でばれてしまう可能性がある。
そういう訳か、その場に馬を残してレフと千歳は道を逸れて雑木林に入っていく。
「さぁて、俺も早速やりますかぁ」
それを確認したティムは、馬を引いて騎士の居る場所へと歩いていった。


◆◆◆◆


道を塞ぐように立っているのは一人の騎士だ。
それも、全身を鎧で包んでいるので顔が分からない。
手には剣と盾を持っており、何人たりとも通しはしないというような雰囲気が伝わってくる。
そんなところに、馬を連れた一人の男が現れた。
「あれぇ、騎士様がなんでこんな所におられるんですかねぇ」
のんびりと訛りのある口調で、男はこんな所に騎士がいるのに疑問を投げかける。
身体が細く、顔に無数の傷があるその男。ティムだった。
鎧に包まれて表情が見えない騎士は、そんなティムに向かって一言。
「ここより先は誰であっても通すことは出来ん。即刻立ち去れ」
まるで何も話すことはないというような態度だ。
だが、ティムはまるで堪えないかのように笑う。
「いやぁ、ちょいと知り合いがこの先の村にいましてねぇ。近くを通ったから挨拶でもしようかと思いましてぇ」
「聞こえなかったか?通せんと言っているんだ」
「あぁあぁ、そうですかぁ。すみませんねぇ耳が悪いもんでぇ…。じゃぁ、他の道を教えてくれませんかぁ?」
「ここも、他の道も、この先に行くことはできん。分かったらさっさとここから去れ」
取り付く島もなし。
きっと、何を言っても無駄だろう。
また、これ以上食い下がると怪しむかもしれない。
ティムはそう考えつつ、騎士の目をどんな風に誤魔化そうか思案していた時だった。
ちょうど騎士の真横にある雑木林から音がした。
「っ!?誰だ!」
瞬間、構える騎士。警戒しながら身構えるその姿は、見つけ次第切るという雰囲気を持っている。
だが、そこで出てきたのは小動物。
千歳が見たら兎に似ていると思っただろうそれは、直ぐに雑木林の中へと走り去っていった。
「人、じゃないか…?」
そう言いつつ、動物が去っていった方を見ようとした騎士。
だが、遠くを見ようとする前に、ティムの叫ぶような声が背後から聞こえた。
「な、なんだ!?」
その声に騎士は慌ててティムの方を見た。
どうやら馬が暴れたらしく、ティムは暴れた馬に吃驚して尻餅をついていた。
そして、馬は嘶(いなな)くと凄い勢いで走り出す。先ほど動物が出てきた反対側へと向かって。
「あぁ…俺の馬が逃げていっちまう!」
そう言い出すなりティムは駆け出そうとしたのだが、それを騎士が止めた。
「行くなっ!」
「そんなぁ!それじゃあ俺の馬はどうなるんですかいっ!」
非難するティムに、だが騎士は腹立ち紛れに言い放つ。
「知ったことか!馬ならまた買えばいい!」
「俺に馬を買うお金なんざあるわけねぇって分からねぇんですか!?…へっ、流石お偉い様に仕える方ですねぇ。馬なんて直ぐに買えると思っていらっしゃる」
瞬間、その言動に騎士がとうとう切れたのか剣の切っ先をティム向けた。
「貴様、これ以上留まるなら叩っ切るぞ」
「ひぃっ!?」
これにティムは悲鳴を上げると、慌てて騎士の前から逃げた。
さっきまでの威勢はどこへやら、走り去っていくティムに剣を納めた騎士は、いい気味だとでも言うかのように鼻で笑い、それを見送った。
それが芝居とは気付かずに、騎士は再び誰も通らせない為、道をさえぎるように立って目を光らせる。



「…………ふぅ、とりあえずこれで大丈夫ですかねぇ」
騎士が見えない所まで走ったティムは一息つくとそんな事を言った。
そして、手に持った物を見て成功したことに笑みを浮かべる。
手に持っていた物、それは小さい針だ。
先ほど小動物が出てきた直後に、ティムは隠し持っていた針を馬の尻に刺して暴れさせたのだ。
そして、刺された馬はしっかりとレフたちの居るところとは反対の方へと走っていった。
これで騎士はそちらに気を取られる。また、他にも騎士がいるだろうが、物音がすればそちらの方に確認に行くだろう。
それによって少なくとも何人かはレフたちとは違った方向へと持ち場を離れる。
「さて、俺もさっさと行きますかねぇ」
首を回しながらティムはそう言うと、レフたちの後を追うように雑木林に入っていく。
ティム一人なら誰にも見つからずに通れる自信がある。だからこそレフたちを先に行かせたのだ。
「ここから追い付くのはちと骨が折れそうですが…」
そうして、再び自分の身に付けている物を確認すると、ティムは夜の闇に紛れる様に雑木林へと入っていった。