Grace sorprendente  三章 3 




恐ろしい事実を知ってしまった千歳は呆然となった。
あまりの事に思考が働かない。
側にいるディーはというと、呆然とまではいかないが難しい表情で押し黙っている。
それは村に対する行いに不快感を表しているのか、情報屋として事の大きさを考えているからなのか。
「一体どういう事だ……?」
そう呟くディー。何をもってそんな事をしたのか考えていた。
わざわざ自分たちで村を焼くなんておかしい。キリジア帝国の武力は優秀な方なのだ。
現に隣のマーシル帝国が奇襲の形でベルツェ村に攻めてきた時も、マーシル軍の進軍をそこだけに押し留め、結果、撤退させたのだ。
なら何故折角取り戻した村を自分たちで焼き払ったのか。
最も考えられるのは、相手に食料などを奪われないためであると考えられる。
だが、その考えをディーは直ぐに否定する。
食料を奪われない為に村を焼き払うのは、自国を侵攻される国がとる苦肉の防衛策だ。
ましてやキリジア帝国のような大国が、まだ小国とも中堅国とも言われるマーシル帝国に対して劣勢になるはずなどありえない。
「兎に角、これは危険すぎる情報である事は確かだな」
真剣な表情でディーが千歳に顔を向ける。
千歳は未だどうしたら良いのか分からずに閉口している。
その千歳の内心を読み取ったのか、ディーが代わりというように口を開いた。
「お嬢ちゃん、偶然だがこれだけ大きい情報だ。約束通り直ぐにエルト村へ行く奴を探しておこう。なに、俺にかかれば直ぐに見つけられる。あと、情報の方だが……もちろん何をされようが死んでもお嬢ちゃんから聞いたという事は話さないから安心しな」
まるで千歳の分まで喋っているようなディーに、千歳はやっとどうするかを整理する事ができた。
そしてディーが喋り続ける中、千歳は遮るように言った。
「ちょっと、エルト村に行くの数日待ってもらっても良いですか?」
「え? そりゃこっちとしては探す時間に余裕が出来るから良いんだが……」
暗に何をしようとしているのかを問うような視線。
だが、千歳は苦笑して何でもないように首を振り、答えた。
「いえ、準備を万全にしたいので不便がないように色々と用意しないと」
「……」
下手な誤魔化し方だなと千歳は自分に対してそう思いながらも、ディーはあえて追求せずにそうかと一言呟くだけで何も言わなかった。
「それじゃあ、準備が整ったならここに来てくれ。大体昼間にいるからな」
「はい」
千歳は頷くとディーに感謝を述べてルメリオ亭から出た。
この時、レフが早めにロンダーを出た方がいいという言葉が頭をよぎった。
侵入者がいたという事は知られているし、そのせいでベルツェ村などでは更に厳重に警備されるようになっている。
兎に角そういった情報は既にロンダーにいる騎士たちにも伝わっている事だろう。もしかしたら見つかるのは時間の問題なのかもしれない。
だがそれは言うなれば、まだ騎士たちは村への侵入者が千歳だと分かっていないという事。
それならば、もう少し留まっていても大丈夫かもしれない。
村に火を付けて焼き払ったキリジアの騎士たち。何をどうしてそうしたのか分からない。
だからこそ、何かの手がかりを欲した。
これが千歳の知らない村とかであれば、こんな事はせずにエルト村へ直ぐにロンダーを出て行っただろう。
だが、焼き払われた村は千歳が過ごしたベルツェ村だった。
「何か、理由が絶対にある筈」
ほんの些細なきっかけでも構わない。騎士たちが怪しい行動をしていたとか、そういった類の噂でも良い。
知ってどうするかなんて考えていない。
兎に角今はただ知りたい。そのあとの事はその時に考えるしかない。そう思っていた。
そして千歳は、あのオンボロ宿屋へと帰ってきた。
相変わらずな中年の宿主は千歳を一瞥しただけで後は無関心そうに手に持ったコップを一口飲み、先ほどまで読んでいたのか、何かの本へと再び視線を落とした。
千歳もそれに慣れたのか何もいわずに自分の部屋へと戻ろうとしたが、途中で留まり中年の宿主に話しかけた。
「あの、ちょっと聞きたい事があるんですけど……」
「…………」
だが、宿主は返事をするどころか顔さえもこちらに向かない。
明らかに聞こえているというのに無視している。
ちょっとムッとしながら、千歳は多少声を大きくしてもう一度言った。
「あの、聞きたい事があるんですけどっ」
「うるさいな、聞こえてるよ」
顔を顰めて煩わしそうに耳を押さえる振りをする宿主。
だったら何かしら反応すればいいのにと思いつつ、千歳はそんな宿主に質問した。
聞きたいことは一つ。
「えと、騎士たちの間で何かあったとかそういう話ってありますか?」
「あん?」
首を捻りながらどういうことだと問うてくる宿主。
「だから、えと……何か慌ててたとか、怪しい行動をしてたとか……」
シドロモドロになりながら答える千歳。
聞かれた宿主は意図が読めないのか、更に怪訝そうに眉をひそめる。
「そんなことを聞いてどうするんだ?」
「い、いえ…別にどうするとかは……」
すると宿主は少し苛立った様子で舌打ちをした。
「じゃあなんでそんな事を聞くんだ?」
「た、ただ聞きたかったから」
「…………」
ジッと見てくる宿主。そして吐き捨てるように鼻で笑うと、千歳を睨んだ。
「どうでもいいが、ここにまで問題を持ってくるなよ? こっちとしては迷惑になるだけだからな」
どうやらあの赤髪が血塗れた姿で戻ってきた時みたいな事をするなと言いたいらしい。
流石にあの男のような格好になる事は無いと思いつつも、騎士たちが騒いでいるのは千歳たちの事が原因でもあるので、何も言えない。
ただ分かってますと答えるだけで、結局千歳は宿主から騎士についての事を聞くのを諦めて部屋に戻る事にした。
千歳が部屋に戻るのを悟った宿主もそれ以上何も言わず、手元の本に再び目を落とした。
(はぁ、騎士の事について聞くのはもう少し考えてから言うようにしないといけないかも……)
そうやって反省しつつ部屋に行く為に階段を上ろうとして、ふと立ち止まった。
「あ」
なんとも呆気に取られた声を出して目の前にいるものに目を向けた。
頭の中で、前にも同じような事があったなぁと妙に冷静に思ってしまっている。
千歳の目の前に、赤髪の男が睨むようにして立っていた。
「…………」
何時そこにいたのか分からないが、宿主との会話を聞いたのだろうと千歳は確信した。
現に、赤髪の男は千歳に睨むような目を向けたまま話してきたからだ。
「騎士について、何かを知りたいのか」
「あ、え?」
戸惑ってしまってまともな返答が出来ず、何とも間抜けな声が口を出た。
もしかして私話し掛けられてるの? と、苦手でもあり、あまり関わりたくない人物からの予想外な接触に思考が追いつかなかった。
だが、赤髪の男は意に介さずに言葉を続ける。
「どこの奴らも殺気立っている。何か重大な事でもあったのかもしれんな」
千歳の知りたかった騎士の情報だ。
しかし何故かその言葉が、千歳に対して暗に何かを言っているような気がしたが、今はどうもそれよりも早くこの男と早急に会話を終わらせたいと思っていたらしい。
「そ、そうですかどうも教えてくれてありがとうございます。それじゃあ私はお部屋に戻りますさようなら!」
そのせいか、あまり深く考える事もせずに頷いて、引き攣った笑顔でお礼を言った後に早足で赤髪の男の横を通ってギクシャクと身体を動かしながら部屋へと戻っていった。
その時、赤髪の男が千歳の後ろ姿をジッと見据えていた事など千歳は知らずに部屋へと入り、そして直ぐにドアへ寄りかかるようにして座り込んだ。
「び、吃驚した」
まさか予想外の人物から騎士の情報を貰うなんて想像していなかった。
しかも後からあの言葉を考えてみると、どうやら村への侵入者を探すことにかなり躍起になっていると見える。
となると、あまり目立つようなことは出来ず、また聞き出すのは慎重にしないといけない。
あまり長居は出来ない中でどうするか考えつつも、この日は明日に備えて眠る事にした。