「お前は本当にあいつを連れて行くのか?」
千歳を部屋に送ったリーシェが一息ついた所で、いつの間に居たのか赤髪の男が低い声で言った。
どうやら、リーシェと二人で話をしたかったようだ。といっても、その雰囲気は殺気を帯びている。
だがそんな赤髪の男に対して、リーシェも千歳がいない所で目の前にいる男と話をしようと思っていた為、ちょうど手間が省けたと殺気を気にせずに笑顔になって頷いた。
「ええ、そう決めましたから」
「俺たちはお守りをするほど余裕があると思っているのか? 今がどんなに大事な時なのか、お前が一番分かっているだろう? 何の為にここまで準備してきたと思っている」
笑顔で答えた魔術師に聞こえるように舌打ちして、赤髪の男は苛立ち気に責める。
元々千歳を連れて行く事などしなくても、どこかの騎士などに身柄を匿って貰えればそれだけで十分なはずなのだ。
それなのに、魔術師はどう思ったのかあんな見た目少年のような子供を自ら匿おうとしている。
はっきりいって理解が出来なかった。
その苛立ちに対して、魔術師も赤髪の男が言った大事な時が何なのか分かっているのか、苦笑して肩を竦めた。
「そうですね。確かにこの大事な時ですから、余計な事はしない方がいいのかもしれません」
ですが、と魔術師は続けた。
「私たちがどういった集団か、分かっているでしょう?」
「…………」
赤髪の男は無言でもって答える。
その無言が、分かっているがそれでも千歳を匿う事には納得していないと分かるリーシェ。納得させようと話してもきっと平行線だ。
だからこそ、これで話は終わったと言わんばかりに赤髪の男に背を向けた。
「では、明日彼女を連れて来てください。私はまだもう少し寄る所があるので」
千歳に情報屋であるディーという人物の事を教えてもらったので、その情報屋がいるであろう酒場へと赴き、事情を説明しなくてはいけない。
一応釘を刺しておきますが、明日彼女を置いて来ないで下さいね。
最後にそう言い残して、魔術師は赤髪の男の前から去って行く。
「…………」
それを赤髪の男は、何を考えているのか分からない表情で魔術師の去って行く後ろ姿を見つめている。
そして、誰にも聞こえない声で最後に何かを呟くと、踵を返して部屋へと戻っていった。
◆◆◆◆
翌日。
千歳は目が覚めたと同時に身体を起こして異常がないかを確かめた。
昨日はリーシェという魔術師に部屋まで送ってもらい、まだ痺れている身体をベッドに横たえて眠ったのだ。
疲れがあったせいかすぐに眠りにつき、そのまま朝まで熟睡していたようで今は眠気も無く目が覚めている。
起きた時は昨日の痺れが若干あったが、動けないほどではない。
それでも、掠っただけでここまで痺れが残るとなると当たっていたら相当危なかっただろう。
ゆっくりとベッドから立ち上がる。
今日はついにロンダーを去る。リーシェの提案によって、彼らと一緒に違う所へと行く事になったからだ。
昨日は荷支度をしていないので急いで済ませると、千歳は宿のロビーの方へと歩いた。
赤髪の男と一緒に来てくださいと言われているのだが、そういえば彼がいつ起きてくるのか分からない。
なので、こうして早くに赤髪の男を待ち伏せするようにロビーに待機することにしたのだ。
カウンターの方では、宿主である中年の男があくびをしながら本を読んでいる。
客に対していい加減な対応をしていた宿主だが、時間には結構正確なのかもしれない。
千歳も赤髪の男がくるまでは手持ち無沙汰なので、何か暇を潰そうと周りを見る。
が、どうも暇を潰せそうなものは見当たらない。
仕方なくロビーの椅子に座ってジッと待つことにした。
(でも、ここから出ていって何処に行くんだろう)
そう、まだロンダーから出てどこに行くのか千歳はわかっていない。
リーシェと合流してからそれが分かるだろうが、それまではどこに行くのか想像するしかない。
(どこかの村かな? それか、ここみたいに結構大きな町かもしれない)
そうやってどこに行くのか考えていた数十分後、階段の方から足音が聞こえてきた。
(来たっ!)
千歳がそうして緊張で身構えた時、赤髪の男が少ない手荷物を持ってロビーに降りてきた。
ロビーに千歳が緊張した様子で見ていることに怪訝な様子をするも、直ぐ逸らして宿主の方へと向かった。
「今日出ていく」
「ああ、さっさと出ていきな」
宿主は本に目を落としたまま手を振って返事をした。
泊り客に対してあまりな対応だが、赤髪の男は気にせずにそのまま宿を出ていく……という事はせずに千歳の方に近づいてくる。
(あ、あわわっ!?)
千歳は近づいてくる赤髪の男に、緊張と焦りから内心ドキドキしているが、表面上は至って冷静な振りをして近づいてくる男を見つめた。
千歳の目の前に来た赤髪の男は、やはり睨みつけるようにして千歳を見ている。
もう何度目かの、この視線。
千歳は冷や汗を流しつつ、赤髪の男と数秒見つめ合っていたが、先に口を開いたのは赤髪の男だった。
「ついてこい」
たったそれだけ言うと、もう千歳をいないもののように宿の外へと歩いていく。
「あ! ちょ、ちょっと待ってくださいっ!」
千歳は叫んで慌てて呼び止めようとする。
赤髪の男は宿主に出ていく事を伝えただろうが、千歳はまだ伝えていないのだ。
だが、赤髪の男はまるで聞いていないかのように、無視して歩いていく。
それが、早く来なければ置いて行くと告げているようで、慌てて千歳は荷物を持って宿主に挨拶した。
「あの、私も出ていくので! お世話になりました!」
返ってきた返事は、手を振るのみ。
千歳自身まともな返事が来ることを期待してなかったので、特に気にすることもなく直ぐに赤髪の男の後を追った。
内心、もう絶対にこんな宿には泊まらないと誓った事は言うまでもない。
◆◆◆◆
赤髪の男の後ろを付いていく事数十分。
千歳がロンダーへと入ってきた門とは正反対の所へとやってきていた。
ロンダーは門が二か所あり、ベルツェ村、マーシル帝国の方面と、キリジア帝国の首都ラーデンの方面とに分かれている。
もちろん、千歳が向かうのは首都ラーデン方面にある門だ。
そこには沢山の馬車があった。
そのどれもが様々な品物を載せており、門の出口に列を作っている。
毛皮や食べ物、服や武具などを他の村や町などでお金に換金したり、交換したりするのだろう。
その他には、人を乗せる馬車も見えた。
中に乗っているのは武装している者たちではなく、薄汚い服装をしているが普通の人たちだ。
(バスとかタクシーみたいなものかな?…………ん?)
それを深く考えずに見ていた千歳は、そこに一瞬誰かに似ている人を見た気がして良く目を凝らそうとしたが、
「あ!」
気付いたら赤髪の男と少し離れていた事に、慌てて小走りで追いかける。
赤髪の男は後ろを振り返ることもしない。千歳が付いてこなくても構わない。寧ろその方が良いとでも言うような感じだ。
(はぁ、この人苦手だなぁ)
千歳は後ろに追いついてからそっとため息をつく。
内心、早くリーシェと合流して二人で歩くという状況を脱したいと思っているのか、自然とため息が漏れてしまったようだ。
最初に会った時から赤髪の男から何故か嫌われていると理解しているせいか、どうにも会話し辛い。
なので、あまり会話をせずに黙って付いていく。
その時、千歳たちを呼ぶ声が聞こえてきた。
「ああ、お二人ともこちらですよ」
左側から聞こえた声に顔を向けると、そこには魔術師と言われたリーシェが笑顔で手を振っていた。
赤髪の男も気付いたのか、直ぐにそちらへと向かっていく。
千歳たちがリーシェの元に辿り着くと、リーシェは笑顔のままで挨拶をしてきた。
「おはようございます。チトセさん」
「あ、はい! おはようございます!」
赤髪の男は無言のまま。
だがリーシェは別段気にしていないようで、二人に用意した馬車に乗るように促した。
御者は千歳の知らない人物だったが、どうやらリーシェに雇われた者らしい。
リーシェに揃った旨を聞かされると、頷いて手綱を取った。
それと同時に千歳たちも馬車へ早速乗ってみる。
中は荷台のような感じで、薄汚れているのか座るにしても何か敷くものが欲しいと思ってしまうが、もう宿での惨状で慣れてしまったので気にせずに千歳は座る。
続いて、赤髪の男は千歳と離れて座り、リーシェは千歳の隣に座った。
すると、三人が乗った事を確認した御者が馬車を動かした。
「さて、では改めて自己紹介をしましょうか」
そこで、リーシェが手を打って笑顔のまま二人を見た。
「あ、はい」
千歳は頷く。赤髪の男は特に何も言わなかったが、勝手にしろというような態度で目を閉じた。
そんな赤髪の男の態度に苦笑しつつ、リーシェは口を開く。
「昨日言いましたが、私の名前はリーシェ。魔術師です」
今度は、赤髪の男の方へと顔を向けた。
「彼はアスラン。ご覧の通り無愛想で冷たい人ですが、頼りになる方です」
無愛想で冷たいと言われて少し眉が動いたように見えたのはきっと気のせいだろう。
千歳はアスランと言われる赤髪の男に内心ハラハラしつつ、今度は自分から自己紹介した。
「私は千歳っていいます。えと、よろしくお願いします」
ぺこりと軽くお辞儀をする。
それに合わせてリーシェもお辞儀を交わした。アスランは案の定無視をしたがそれについてはもう何も言わない千歳である。
そうして一通り自己紹介を軽く済ませてから、リーシェが昨日話せなかった事について語り始めた。
「まず、どこに向かっているかというお話なんですけど、私たちがこれから向かうのはフィムド村です」
「フィムド村?」
首を傾げたが、そういえば露店にいた恰幅の良い40代くらいの女がその村の事を言っていた。
だが、あまり詳しい事は聞けなかったので名前しか知らない。
リーシェは頷くと、懐から羊皮紙を取り出した。どうやら地図のようだ。
「分かってると思いますが、ここが今いるロンダーです。そして、ここから西にある首都ラーデンの方へと進んでから途中にある、広く深い森の中に入っていくとフィムド村につきます。あまりにも奥深くにありますからほとんど人なんて寄ってきません」
地図に描かれた首都ラーデンの途中にある広大な森を指さしてリーシェはそう言った。
地図にもフィムド村という名前がその森の所に記されているが、正確な位置が分かっていないのか、この地図は森自体をフィムド村としているらしい。
「そのフィムド村が、リーシェさんたちの住んでいるところなんですか?」
「住んでいるというよりは、集まっているという感じでしょうね」
「?」
「まぁ、着いてみればわかりますよ」
どう違うんだろうとは思ったが、特にそれについて説明するまでもないと考えているらしく、リーシェは話を次に移した。
「次は……そうですね。チトセさんが気にしていた魔法の事について、お話しましょうか」
「あ、はいっ」
ついに一番気になっていた魔法についての説明が始まると分かって、無意識に背筋を正してしまう千歳。
昨日見た未知の力。千歳のいた地球では全くあり得ないそれが、やっとリーシェから説明してもらうという事で心構えをする。
するとリーシェは、何も書いていない羊皮紙を取り出してそこに何かを書き出した。
火、水、土、風、光、闇と書き終えたリーシェは、それを千歳に見せる。
「チトセさんは、これが何なのかわかりますか?」
「え? いえ……さっぱり」
千歳が首を横に振ったのを確認したリーシェは、
「そうですか。では、最初から説明しましょう」
そう言ってから、チトセに羊皮紙に書いたものを説明し始めた。
「これらは、私たち魔術師が基本として使うとされる6大元素魔法です。6大元素とはつまり、魔法を使う時の全ての基本という意味で覚えてもらえれば結構です。そして、その派生として他にも色々な種類の魔法が存在します」
千歳は頷いて先を促す。
それを見てリーシェが続ける。
「また、その種類にも様々な相性があります。火と水は相性が悪いですが、火と風は相性が良いなど、組み合わせによって善し悪しが決まります。まぁ、実際見た方が覚えやすいですからこれは後で見せますね。そして、魔法を使う際には魔術師本人の相性もあります」
「魔術師本人の相性、ですか?」
「はい。魔力、これはいわゆる自然の力の事を言うのですが、魔法を使う為の自身の身体との相性で魔力を多く持っている方や逆に少ない方などがいますし、使う魔法によって威力があったり無かったりします」
そう言ったところで、リーシェが説明についてきているか千歳を確認する。
千歳の方はそれに少し考えながら、
「例えば、身体が強い人は魔力が多くあって、逆に身体が弱い人には魔力が少ないとか……火の魔法は使えるけど、水の魔法は使えないとか……そういった魔術師がいるかもしれないという事ですね」
「極端な例えですけど概ねは。まぁ、未だ魔力の多い少ないについてはその原因はまだ良く分かっていませんし、使える魔法と使えない魔法があるという極端な魔術師というのも早々いませんけどね」
リーシェは苦笑しながらも話を続けた。
「それで、ここからが一番大事なんですが、私たち魔術師にとっては欠かせないモノがあります」
「欠かせないモノ?」
まるで分らないというように首を傾げる千歳に、リーシェはあらかじめ用意していたのか、懐から何かを取り出して見せた。
「…………石?」
呟く千歳の目の前に出されたものは、何の変哲も無さそうな小さな灰色の石だ。ただ、綺麗な形に象(かたど)られている。
千歳の目の前に出したリーシェはその石をこう言った。
「これは自然の力を、魔力をため込んだ魔石というものです」
「魔石?」
「ええ、魔術師はこれがないと魔法を使う事が出来ません」
「え? 使えないんですか?」
まじまじと魔石と言われる石を見つめる千歳。どう考えても普通の石にしか見えない。
「そうです。魔石とは魔力をため込むだけのものではなく、人が魔法を使えるようにする為の媒介でもあるんです。魔石を持たずに魔法を使える人は、この世には存在しません」
「へぇ、そうなんですか」
感心したように頷く千歳だが、その時にふと気づいた。
「それじゃあ、昨日の襲われた時もリーシェさんは魔石を通して魔法を使ってたんですか?」
「ええ、そうです。私は剣などの心得など全くない臆病者ですから、懐の中に沢山の魔石を詰めて身を守っているんですよ」
そう言ってにっこりと笑うリーシェだが、昨日のを見るとどう考えても臆病者には見えない千歳だ。
「っと、話を戻します。この魔石なんですが、形や質、大きさによってかなり違ったりします」
「違うって、どういう事ですか?」
リーシェは多少考えて懐を探り出した。そして取り出したのが先ほどより大きく少し青み掛かった石、魔石だ。
「チトセさんはこれを見てどう思いますか?」
問われた千歳は二つの石を見比べる。
「えっと、少し青色のついた石の方がキラキラして綺麗で大きいって思います」
「これ、自然にできた石なんですよ」
「えっ!? そ、そうなんですか?」
「はい。魔力をため込んでいく内にこういう色になっていったんだと思います。それを綺麗に象ったのがこれですね」
「なんだか、凄いですね」
無意識に呟いた千歳にリーシェは笑みを浮かべて言った。
「まぁ、これも先ほどの魔石とどう違うのか、言うよりは実際に見てもらった方が早いですからこれも後でお見せしましょう」
「はい」
「後は、そうですね。魔石には魔法を使うだけで無く、違う使い方をする事もあります。例えば、甲冑に埋め込んで加護を得たり、鏃(やじり)として火矢のようにしたりして使ったり、日常で使うモノなら、暖炉とか、調理器具とか様々な所で役立っていますね」
と、ふと千歳は疑問に首を傾げる。
「あれ? 普通の人でも使えるんですか?」
「そうですね。多少でも相性さえあえば基本誰にでも使えます。日常で使われるものは危険が無いように調整されていますし、一般では結構流通していますよ」
そうなんだと納得するが、となるとちょっと実物を見てみたい気にもなる千歳。
誰にでも(多少でも相性が良ければ)使えるという事なので、もしかしたら自分でも扱えるのではないかと思ったからだ。
だが、リーシェは申し訳なさそうにしてフィムド村には無いかもしれませんと言われて落ち込んだ。
リーシェは、千歳が思いのほか落ち込んだ事に慌てて口を開く。
「ま、まぁそれは後でどうにかしましょう。えっと……一応、魔法についての基本的な事は説明しましたが、分かりましたか?」
「あ、はい。魔法には種類があって、相性によって善し悪しがあって、何より魔石が無いと魔法が使えない。そして、魔石にも形や大きさ、質によって違う、ですよね?」
「はい。基本的な事は大体それくらいです。まだ他にも色々と魔法に関して説明する事がありますが、それらはまた追々説明していきましょう」
千歳はこれに頷いて同意した。
あまりに多くの情報を貰っても、頭の中に記憶するのは難しい。
ならば、少しずつでもしっかりと理解しながら進んでいった方が確実だ。
それからは、別段何気ない会話をリーシェと(リーシェしか会話する人が居なかったのもある)して、馬車に揺られるまま時間を潰していた。
「おい」
と、そこで突然掛けられた声に一瞬肩を震わせた千歳。
今まで話に加わらなかったアスランが口を開いたのだが、あまりにも唐突だったので不意打ちに近く、千歳を驚かせてしまったようだ。
リーシェは、そんな千歳を見て困ったように笑ってからアスランに顔を向けた。
「どうしましたか?」
「着いたぞ」
アスランの素っ気ない一言と同時に、馬車が止まった。
話に夢中になっていたせいで気付かなかったが、結構進んでいたようだ。
御者が、千歳たちの方へと顔を向けて降りるように促してきた。
それに従って三人が降りた後、リーシェが御者に近寄って幾らかの金銭を渡すと、御者はお辞儀をしてから馬車を進めて去って行く。
どうやら、あの御者は首都ラーデンに向かおうとしていたらしい。それを途中まで乗せてもらおうとリーシェが交渉していたようだ。
「さて、それでは私たちはこの森の中へと入りましょうか」
千歳たちの目の前にあるのは、見るからに広大で深そうな森だ。
奥が薄暗くて、夜になれば、もしかしたら隣にいる人までも見えなくなってしまいそうな気さえしてくる。
何となく薄気味悪さを感じる千歳なのだが、何度も行き来して慣れているのが良く分かる程、凹凸している中を苦労もなく前を歩いていく二人に感心する。
だが、感心ばかりしていられない。千歳はその後ろを離されないように付いていく。
何しろ道らしい道がないのだ。普通なら村までの小道くらいはあってもよさそうなのだが、それすらない。
もし、二人がいなくて千歳一人だったならきっと方向が分からずに迷っていただろう。
「フィムド村ってこんな森の中にあるんですね」
「ええ、昔はこの森の中には獣が沢山いましたから。それらを狩ったり、飼育したりして生活していたのがフィムド村の者たちですね」
していた、という部分に引っかかりを覚えた千歳。
「今は違う事をして生活しているんですか?」
昔は獣が沢山いたといっていたが、今では少なくなってそうした生活をするのに限界を感じ、違うものに変えたのだろうか。
そう考えた千歳だったが、、リーシェはその問いに後ろに付いてきている千歳に顔を半分向けて、
「違う事をしているのではなくて、そうやって生活する者がもういないという事です」
そう言った。
「それって……」
「あ、着きましたね。あそこですよ」
何か嫌な予感がしてそれを言いかけた千歳だったが、リーシェが再び前方に目を向けた事で、その機会を逸してしまった。
まぁ、その機会は後でもいいかなどと思いつつ、リーシェがあそこですと言って指をさす方向へと千歳も目を向けた。
そこには、森をくり抜いたかのような場所にポツンとある、小さな村らしきものが見えた。
元々村の規模は小さかったのか家は5戸、6戸と少なく、外見を見ても古いと分かる程だ。
だが、陽の光が当たる事でそれらが逆に、何とも浮世離れした幻想的なものに見えてしまう。
「何だか、村っていう感じがしない村ですね」
第一印象としてそう告げた千歳に、リーシェは笑った。
「私たちも村とは思っていません」
「あ、そうなんですか?」
「ええ、そうなんです」
にっこりと言い返される。
じゃあ、なんだと思っているんだろうと思いつつ、リーシェとアスランの三人で歩き、とうとうフィムド村と言われる目的地へとたどり着くことが出来た。
やはり、近くで見ても何となく村とは言えないような思いの千歳。
(どちらかというと……なんだろう、子供の時にやっていたような……)
回想しながら首を捻る。喉まで出かかっているのだが、中々出てこない。
そんな千歳の心の中など知らないリーシェは、千歳に対して恭しい態度で言った。
「さて、チトセさん。ここが今日からあなたの住むフィムド村。私たちの隠れ家です」
その言葉に、つっかえていたものが取れた。
(あ、そうかっ! 子供の頃に使ったりしてた秘密基地みたいな感じなんだここ!)
こういう滅多に人が来ないところに隠れ家と称する村に住むという事が、子供の頃に作ったり、見つけたりした秘密基地に似通っていた。
「ではチトセさん、仲間たちは既に集まっていると思いますからご紹介します。付いてきてください」
しきりに納得していた千歳だったが、リーシェのその言葉に少し固まると、緊張したように固い頷きを返す。
そしてリーシェとアスランの後ろに続いて、村の中で比較的大きな家の中へと入っていった。