翌日、千歳は目を覚ました。
昨日の夜に早く寝たお陰か、身体が軽い。
背伸びしてゆっくりと起き上がり、家の中に水場が無い為、まず顔を洗う為に外に出て水場を探した。
家から出ると、森の中なのか天気が良くても寒いくらいで身震いしてしまう。
だが、空気が良くて森独特の香りが頭をスッキリさせてくれる。
「おはようございます。チトセ様」
と、軽く深呼吸を繰り返していると声をかけられた。一体誰だろうと思い、振り返る。
「あ、おはようございます」
声を掛けてきたのはアイナだった。手には食べ物を入れた籠を持っていることから、食事の用意でもしているのだろうか。そう思いながらもお辞儀をして挨拶をすると、アイナはニコリと笑った。
「良く眠れましたか?」
「はい。前にいた場所に比べたら天と地ほどの差があるくらいには」
力一杯頷いた千歳。あんな宿に泊まればそう言ってしまうのも仕方がないといえる。
「まぁ! そうなんですか。チトセ様がお疲れのようでしたので心配していましたが、良くお休みになられたようでよかったです」
千歳自身本心で言ったのだが、どうやらアイナはそれを大げさに言っているだけだと勘違いしているようだ。
「ところで、アイナさんは朝食の支度ですか?」
「はい。といってもあとは果物をつけるだけですけどね」
アイナは手にしている籠の中身を見ながら答える。
そこには緑色と黄色の果物らしきものが入っていた。
形はというと、緑色の果物は茄子のような形で黄色の果物は林檎の形だ。
「えっと、これは何という果物なんですか?」
中身を一緒に見た千歳がこの二つの果物を指して尋ねたが、それにアイナが少し驚いた表情をしていた事に気が付いた。
どうやら千歳が知らないということが意外だったらしい。
もしかしたら良く出回っていて一般的に知られている果物なのかもしれない。
だがアイナは別にそこを追求するようなことをせず、千歳に果物について教えてくれた。
「この緑色の果物はリム。水気があって少し酸味が利いた果物ですけど、甘い物と合わせると良い味に変わるんです。そして、こちらの黄色の果物はマーレ。柔らかくて甘い、良く焼き菓子を作るときとかに使ったりする食べ物です。今回はこのリムとマーレを合わせたデザートを作るつもりです」
分かりやすく説明してくれたアイナに頷く千歳。そして、アイナのデザートを作るという言葉を聞いて昨日考えていたことでまさに渡りに船とはこのことと思い、千歳は笑顔になった。
「あの私もお手伝いさせて頂いてもいいですか?」
「お手伝い、ですか?」
「はい!」
まさかそんな申し出がくるとは思っていなかったアイナだが、そんな彼女に千歳は気合十分というように頷く。
それに暫くアイナは考えていたが、特に問題はないと判断したのか了承すると千歳に付いてくる様に言った。
「私はこの果物でデザートを作りますので、チトセ様は食事する方たちへの配食をお願いします」
「わかりました」
そうと決まれば、あとはアイナに付いていくだけだ。
アイナに付いていき、そして着いたのは昨日自己紹介をした村の中で一番大きな家だった。中に入ると男たちが数人テーブル
に各々座っている。
相変わらず無言で朝にもかかわらずなんとも辛気臭い気がするが、いつものことなのかアイナは気にせずに調理場へと歩いていく。
千歳もそれに付いていくと、そこにはいくつかの完成された料理がカウンターに並べられていた。
どうやらバイキング形式で朝食を取るようになっているらしい。
だが、そうなるとアイナの言っていた配食はどうなるのだろうかと思っていた千歳だったが、先にカウンターの奥へと行っていた愛名がビンの入った籠を持って千歳の元へと戻ってきた。
どうも配食というのは飲み物のことのようだ。
「これらを、まだ食事している方たちに配ってくれますか?」
そう言うと、アイナはビンを千歳に渡してくる。ビンを受け取りながら中身を見てみたが、白色なせいか牛乳と間違えてしまいそうになる。
だが、これまで見た目と匂いに騙されている千歳である。
これもやはり思っている味と違うのだと決め付けつつ、それを持って黙々食事する人たちへ配る為に運ぶ。
まず一人目。
「あの……飲み物です。どうぞ」
「…………」
微かに頷いた後、直ぐに食事を再開した。
二人目。
「飲み物です。どうぞ」
「…………」
今度は頷くどころか手を止める事も無く、いわゆる無視の状態。
三人目。
「……飲み物です」
「…………」
何となく予想していた通り、何の返事もしなかったが、ビンを受け取るために手を差し出してきたのでそのままその手にビンを渡す。
その後も同じようなやり取りが続き、やっと食事している全員に配り終えた時に入り口の扉が開いた。
「おはようございます。おや? チトセさん早いですね。昨日はよく眠られましたか?」
入ってきたのはリーシェだ。服装が昨日とは違い、シンプルで素朴な感じのするデザインで気の優しい好青年のように見える。いや、実際優しいのだが。
「おはようございますリーシェさん。お陰様で気持ちよく眠れました」
「それは良かったです」
千歳が応えるとリーシェはアイナと同じように微笑み、空いているテーブルに着いた。
ちなみに、リーシェの後ろにもう一人来ているのだが千歳はあえて声を掛けずにやり過ごす。
声を掛けたとしてもきっと無視か睨まれるかなのだから、それなら声を掛けないほうが精神的にも良い。
それにアスランは特に気にせずにリーシェと同じテーブルに着いた。
こちらはやはりというか、それ以外が想像できないのか、黒い服装で身を包んでいる。
他の服は無いのだろうかと見当違いな心配を内心しつつも、飲み物を二人の前に置く。
それにリーシェだけがお礼を言うと、あらかじめ決めていたとでもいうように口を開いた。
「チトセさん、この後時間を頂いてもよろしいですか?」
「この後、ですか?」
首を傾げて聞き返す千歳にリーシェは頷く。
「はい。馬車の中でお話していた魔法について、もう少し詳しいことを説明すると言っていたでしょう? 今日は時間が空いているので早速やってみようかと……」
どうやらあの魔石の話の続きが聞けるということで咄嗟に頷こうとしたのだが、ふと気づいて思い留まる。
「? どうかしましたか?」
「いえ、あの……」
リーシェは不思議そうな表情で千歳を見てくる。
それもそうだろう。あれだけ魔法について興味深々だった千歳だから二つ返事で了承すると思っていたのだ。
だが、その理由はすぐに分かった。
「今は、アイナさんのお手伝いをしているところで……」
申し訳なさそうに告げる千歳にリーシェはなるほどと頷く。
先約があったのでは直ぐには無理だろう。仕方なくリーシェはもう少し後にしようかと思っていたとき、
「チトセ様、私の方は大丈夫ですのでどうぞ行ってください」
いつの間にか来ていたのか、アイナが傍で微笑んだままそう千歳に告げた。
どうやら、千歳とリーシェの会話を聞いていたようだ。
「で、でもまだ途中で……」
「いえ、助けていただいたお陰で楽になりました。私の事は気にせず、どうぞ行って下さい」
ニコリと笑顔でそう告げるアイナに、何となく何を言っても無駄な気がする千歳。
先ほどまでデザートを作っていたはずだと思ったのだが、アイナはもうすでに作り終えてカウンターの方に並べていたらしい。
カウンターには最初に見たときより一品多く置かれている。
だからこそ、こうして行って下さいと言ってきたのだろう。
確かにあとはもう飲み物を配るだけで、食事している人たちもそこまで多くない為一人でも大丈夫な感じだ。
「本当に、いいんですか?」
「はい。私は特に問題ありません」
平然と答えるアイナ。だからこそそれが本当のことなのだろうと千歳は納得した。
リーシェもアイナの了承を得たということで頷くと、席を立って千歳の方へと視線を向ける。
「では、こちらに。なるべく広くて魔法を使っても大丈夫な場所が好ましいので、そちらに案内しますよ」
リーシェは相変わらずのニコニコした表情で千歳にそう言うと、アイナにごちそうさまでしたと告げてから外に出て行った。
アスランの方は我関せずという感じで飲み物を飲んでいる。
だが、一瞬こちらを見た気がして千歳がアスランの方に視線を向けたが、そこには興味なさそうに飲み続けている姿だけだった。
それに何となく気になりつつも、リーシェの後を追うように外へと出て行った。