Grace sorprendente  四章 3 




「ここで良いですね」
そういってリーシェが選んだ場所は少し拓けた、ちょっとした広場のような空間だった。
木々に囲まれているその場所は、少し薄暗いながらも良く見渡せる。
その中でリーシェは千歳に振り返ると、いくつか石を取り出しながら話しはじめた。
「さて、チトセさんには魔法の種類や魔石の形、質、また相性があることを説明しましたよね」
千歳は頷く。
「はい。それについては覚えています」
「では、今度は実際にどの位違うのかを見せましょう」
そして取り出した魔石の中から選んだのは、親指程の石と、手のひらに乗るくらいの大きさがある石。
色はどちらも赤色。形も同じ球形だ。
「この二つは火の属性を宿した石です。前にも見せたことがありますけど、これも色、形は同じですが大きさが違いますよね?」
リーシェはそう言いつつ、二つの魔石をそれぞれ右手に小さい魔石、左手に大きい魔石を持った。
千歳は真剣に聞きながら頷く。
それを確認したリーシェはよろしいというように笑顔になると、辺りを見回した。
そして、予め決めていたのかリーシェは千歳にも分かるように指をさす。
「標的は…そうですね。あれにしましょうか」
標的となったのは1本の立てられた棒だ。
もしかしたら剣の稽古とかに使っているものなのかもしれない。結構な大きさで、簡素ながら人間を想定しているのだろう。
リーシェはそれに向かって魔法を使うらしい。
「それじゃあ、まずは小さい魔石から使います」
そして手の中にある小さな魔石を握ると標的へと腕を向ける。距離は約30mといったところ。
すると、リーシェの目の前の空間から唐突に炎の塊が出現したかと思うと、まるで溜めたものを解き放つように炎の塊は勢いを増して標的となっていた木の棒へと向かっていき、当たった。
だがその大きさは拳くらいだったためか、棒の頂点を少し燃やした程度だ。すぐに炎は小さくなり、暫くしてから消えた。
それでも、千歳はそれを信じられないように目を何回か瞬いて眺めている。
魔法というものがあると知った上で見せてもらっても、何もない所から火が出てくるというのは本当に有り得なく、また不思議に思っていた。
だが、それでもこの世界では当然のことなのだ。
そうやって驚いたまま固まって眺めている千歳だったが、リーシェが次というように今度は大きな魔石を持った手を標的に翳したのを見た。
「さて、今度はこちらの石ですね」
その声に千歳は慌てつつ、気を取り直して標的を見る。
「では、いきますよ」
そんな暢気な口調と共にリーシェが放った魔法はしかし、とんでもなかった。
まず小さい魔石と違ったのは、リーシェの目の前に円形の模様が映し出されており、そこから炎が出てきている。しかも、大きさが違っていた。さきほどは拳程だったがこれはそれよりもかなり大きい。また、無理矢理塊にされているのか、抵抗するかのように大きくうねっている。
そのあまりな違いに千歳は呆けたような表情で見ていた。心の中でこれは無いだろうと思ってしまうのも無理は無い。
そしてその炎が放たれた瞬間、またも信じられないものを目撃する。
大きさに驚いたのだが、速さも小さい魔石とは比べ物にならないくらい速かった。
そして、目標へと到達した炎はまるでそこから力を解放する喜びを表現するかのように大きく燃え上がった。
まるで棒だけでは足りないというように他の木々を巻き込もうと範囲を広げようとする。
(あ、これってもしかして危険かも)
他人事のようにそう思った千歳。人間、信じられない事が連続して起きるとある意味で冷静になるものである。
「おっと、これは少々やりすぎましたね」
だが、リーシェは慌てることも無くやはり暢気な声で、懐から水色の魔石を手に持ち同じく手を翳した。
すると、今度は水柱が何本も現れ今尚燃え盛る炎に意思があるかのように向かっていく。
たちまち、炎は水柱によって消火され、残ったのは焦げた木の棒だけ。
「いやぁ、少し張り切ってしまいました」
苦笑いしながら頭を掻くリーシェ。千歳からみたら少しとは到底思えないほどの状況なのだが、リーシェがいうのだから少しなのだろうと無理矢理納得することにする。
「さて、チトセさん。これが魔石の大きさによる違いです。大きければ大きいほど魔力を蓄える量が多く、威力も変わってきます。また、持続性も変わり、適用範囲も違ってきますから大きいほど優れていると言えます。さて、初めて見たと思いますけど、どうでしたか?」
「いえ、どうと言われても……」
千歳は戸惑うばかりだ。百聞は一見にしかずとはよく言ったものだが、あまりにも効果がありすぎてどう答えていいかわからない。
それでも、答えるとしたら。
「とにかく、すごいなぁというしか……」
そんな言葉にリーシェは苦笑するのみ。やはり、魔法を何も知らない。
それは少なくともリーシェのこれまでの人生の中では有り得ないことだ。
「本当に、魔法のことを何も知らないのですね」
「………」
つい黙ってしまう千歳にリーシェは特にそれ以上は何も言わなかった。
思うところはあるが、別に気にすることでもないと考えており、リーシェ同様に千歳なりの事情というものがあるのだろうとも考えているからだ。
だから、そのまま魔石についての説明を続けることにした。
「兎に角、これは常識なので知らないと色々と厄介ですから必ず覚えておいてくださいね」
「は、はい」
千歳は安堵しつつ頷く。
あからさまに追求を逃れられてホッとしているのが分かる。
それを無視してリーシェは話を続けた。
「さて、魔石の大きさについては先程見せた通り、違いが分かりましたね」
千歳も再び始まった説明にしっかりと聞きながら頷く。
「では、次は形によってどう変化するかを見せましょう」
と言うリーシェは、今度は懐から菱形の魔石と四角に切り取られたような魔石を取り出した。
どちらも色は青色だ。
「さて、形が違いますが大きさは大体同じです。なので威力は同じと考えてください」
「えっと、じゃあ一体何がどう違ったりするんですか?」
首をかしげる千歳にリーシェは笑みを浮かべると、菱形の魔石を使って手をかざした。
すると、何かが掌で作られたかと思うと、目にも止まらない速さで目の前を通った。
「え?」
「はい、これが菱形の魔石の効果です」
なにが?とは言えない。
まさに一瞬の出来事だった。注意して見ていなかった為、何を出したのかさえわからなかった。
「その、もう一度見せて貰っても良いですか?」
「いいですよ」
了承したリーシェは再度手を翳す。
今度は注意して見ていたせいか、しっかりと見る事ができた。
発射されたのは水の塊だ。大きさはピンポン玉とそう変わらない。
だが、この速さは想像以上だ。分かっていても避けるのは至難の業だろう。
そして、約30m離れていた標的である棒に当たった。
どうやら威力はあまり無いらしい。少し凹む程度で貫通もしていない。
「これが、菱形の魔石の特徴です。威力はあまり無く、大きく作る事が難しいですが、どの魔石よりも速度が速い。狩りに使われたりしています」
「狩りに?」
「ええ、これを応用して狩りに活用されることが多いんですよ」
応用とはいったどんな応用なのか気になるところだが、リーシェが次にいくのを見てひとまずこの疑問は置いておく事にする。
「では、次はこの四角形の魔石を使います。見ててくださいね」
言うなり、唐突にリーシェの目の前から水の壁が出現した。
といっても、その大きさは大人一人分くらいで厚さも無く、薄い膜のような感じだ。
「チトセさん、何かこちらに向かって思い切り投げてくれませんか?」
「え?お、思い切りですか?」
「はい」
薄い膜の向こう側から笑顔で頷くリーシェ。少し困惑しつつも、リーシェが言うのなら危険は無さそうだと判断し、言われたとおり足元に落ちている小石を拾うと千歳はリーシェに向かって力の限り投石した。
だが、
「!?」
投げられた小石は水の膜に当たった瞬間、まるで引っ張られるように下へと垂直に落下した。
「分かりましたか?これが四角形の魔石。魔法の持続性がある代わりに効果範囲が狭いのが特徴です。まぁ、自身を守るのに特化した魔石とでも思っていただいても結構です」
「な、なるほど……」
原理は分からないが、盾のような役割をしてくれるという事なのだろう。
「このように形によって様々な特性があったりして、また、形が綺麗なほど魔力の伝導率がよくなります。主に使われている魔石は万能型といって、球形がそれなのですが、万能型は特化型…つまりは球形以外の形をした魔石には負けてしまいます。何故だかは分かりますよね?」
「万能型は色んな事ができるけど、その分突出したものが無いからですか?」
「はい。逆に特化型は突出しているものがある代わりに他は劣っています。ですから一概にどちらが優れているとも言えないのです」
そう言いつつ、四角形の魔石を懐にしまうリーシェ。
そして、まだ終わりではないというように、今度はまた違うものを出してきた。
「……?これは?」
それは、緑色をした石だ。だが、いままで象られていた魔石とは違い、この石は歪な形をしており、自然そのものだというのが分かる。
「これは、魔石が加工される前の形です。自然に出来た魔石そのままの状態がこれですね」
「へぇー……」
まじまじとその自然に出来たであろう魔石をみる千歳。
色さえ付いていなければ、そこらに転がっている石と同じに見えてしまいそうだ。
「では、一つ問題を。この加工されていない魔石と加工された魔石、どちらが魔術師にとって価値があると思いますか?」
「え?」
唐突な質問に困惑しつつも、千歳は考えながら話す。
「それは……加工されている魔石、だと思います」
「それは何故ですか?」
「だって…形が綺麗なほど魔力の伝導率が上がるなら、この加工される前の魔石だとうまく魔法が使えないと思ったので……」
まだまだ魔石に関して初心者な為か、不安ながらもたどたどしく答える千歳にリーシェはまるで先生のように満面の笑顔で千歳を褒めた。
「正解です。自然に出来た魔石と言えば聞こえはいいですが、やはりそれは元から人が使い易くできている訳ではありません。使えるには使えますが、目くらまし程度しか効果がないでしょうね。だからこそ、人が使いやすくする為に研究し、加工し、実験する事で今の魔石に繋がっているわけです」
そう言いつつ、リーシェは加工されている水色をした球型の魔石を千歳に手渡した。
すると、ある事に千歳は気付く。
「あれ?軽い……?」
石と言うのだからそれなりに重さがあると思っていただけに、あまりの軽さに首をかしげる。
手に持っているという感覚がないほどの軽さ。
リーシェはそんな千歳の疑問に苦笑する。
「原因は分かっていません。何故魔石に重さがないのか…研究している者もいるのですが未だにそれは謎のままです。まぁ、持ち運ぶのには大変都合がいい事なんですけどね」
肩をすくめるリーシェになるほどと頷く。
掌に乗るそれは、魔法の存在しない日本に住んでいた千歳には見た目綺麗な鉱石にしか見えない。
だが、ここまでにするのには途方もない試行錯誤があったのだろう。しかも、まだまだ謎の部分があるらしく、それらを未だに研究している。
「話を戻しますね。魔石は、加工によって質も変わります。魔石が大きいと魔力蓄積量が多くなり、持続性や適用範囲も変わると言いましたけど、質は魔法の威力につながります」
リーシェは新たに魔石を取り出して弄びながら話を続ける。
「ですから、これら魔石の大きさ、形、質…あとはまだ説明していませんけど、色が良ければ良いほど優れたものとなります」
「な、なるほどです」
まじまじと千歳は手の中にある魔石を見つめる。
この世界は本当に不思議だ。日本と比べると文化的には差があり、不便な事が多い。だが、それらを補ってあまりあるくらい魔法が普及しており、その生活によって世界は成り立っている。
今はまだ戸惑うことが多いこの生活も、いつかは慣れてしまう日がくるのだろうか。
そんなことを考えていた千歳だが、それこそ先の事を考えていても始まらない。
兎に角、今は目先のことを考えよう。
「あの、リーシェさん」
「はい、なんですかチトセさん?」
「私に、その……魔法を教えてくれませんか?」
リーシェの顔色を伺いながら千歳はそう言った。
それは、この先生きていくのには魔法が必要と考えていた事でもあるし、リーシェの教え方は千歳にとって分かりやすく、また丁寧に教えてくれそうだったからだ。
そんな千歳に対してリーシェは、まるでそれが当たり前のように笑顔で頷いた。
どうやら、元から教える気だったようだ。
「はい、それはもちろんです。それに、教えるといってもそこまで難しい事ではありませんから、コツを掴めばチトセさんも直ぐに魔法を使えるようになれますよ」
「そう、なんですか?」
「だからこそ、家庭にも普及していますからね。ではチトセさん、今持っている魔石を持って……そうですね、私が先程目標にしていたあの棒に手を向けてください」
言われたとおりに今では焦げてしまっている棒に手を向ける
「実は、魔法を使うときは手を向ける必要は特にありません」
「え?そうなんですか?」
そういう動作をしないと使えないと思っていただけに少し驚いてリーシェを見る。
では何故今は手を向けないといけないのかという疑問がある。
それにリーシェは答える。
「いわば、初心者さんが慣れるようにする為の処置ですね。初めて魔法を使う人は魔法の指向を定めるのが中々難しいようで…。なので、それを安定させる為に手を翳してしっかりと目標を捉える必要があるんです」
それに納得するように頷く千歳。
「じゃあ、慣れれば手を向けなくても魔法を思うように出来るんですか?」
「思うようにというのには限度がありますけど、概ねそうですね。……では、やってみましょうか」
「あ、はい」
「イメージとしては、目標に向かって飛ばす感じです。難しく考える必要はないですよ。だたそこに向かって行くことだけをイメージすれば大丈夫です」
そう教えるリーシェに従い、目標に向かっていく水をイメージする。
すると、手の先に拳程の大きさである水の塊が出てきた。
まだ発射されず手の先に留まっているが、それが今か今かとうずうずしているように蠢いている。
そして、
(いけっ!)
そう心の中で念じた瞬間だった。
水球は途端に勢いを増して発射され、目標である棒に大きな音を立てるほどの衝撃を与えた。
あたった水球は散ってただの水になり、棒を中心としてあたりに飛び散る。
「はい、お見事です」
満面の笑顔で拍手するリーシェ。
千歳は魔法を放ったまま放心していたが、その拍手で我に返ると、先程魔法を繰り出した手を見つめた。
「魔法……本当に使えちゃった」
「これで、あなたも立派な魔術師の卵ですね」
「魔術師……?」
「はい。まだまだ初心者とはいえ、こうして魔法を使えたんですからね」
リーシェはまるで自分の事のように喜びながら千歳の手を取る。
なんだか、それが嬉しくて千歳は少しはにかむ様に微笑んだ。
「リーシェさんが分かりやすく教えてくれたからだと思います」
「いえいえ、初めてとはいえ良い筋をしています。もしかしたら、これからどんどん魔術師として大成していくのかもしれませんね」
そんな歯の浮くような褒め言葉に多少照れつつもお礼を言う千歳。
お世辞だとしても、そう言われるとやはり嬉しく思ってしまう。
「さて、もう少し時間があるでしょうから復習も兼ねて練習しましょうか」
「はいっ!よろしくお願いします!」
元気よく返事する千歳に笑顔で頷いたリーシェ。
何故かとても生き生きとした表情をしだしたそんなリーシェの姿を見て、先生のように思えてしまう千歳だった。